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青木班の論文がNucleic Acids Resに掲載されました

2024.04.11

 青木班の論文がNucleic Acids Resに掲載されました。

 全能性プログラム領域の東京大学・青木不学先生の研究室から論文が発表された(筆頭著者は船屋さん)。青木先生は一昨年度に定年を迎えられ研究室を閉じられている。そのため、この論文は青木先生にとってほぼ最後の責任著者論文となるのかもしれない。そのような論文を紹介できるのは率直に光栄だ。

 論文紹介をする前に青木先生のこれまでの仕事を少し振り返りたい。おそらくこの文章を読んでいる方々もご存じの通り、ここ10年くらいは受精卵のエピゲノム解析やzygotic genome activation (ZGA)に関する研究はバブル期にある。一方で、この分野の黎明期は今のように華々しいものではなかった。しかし、その時代の仕事は今の時代の基盤となっているのは間違いない。青木先生の代表作の1つに1997年の論文(Aoki et al., Dev Biol、タイトルはRegulation of Transcriptional Activity during the First and Second Cell Cycles in the Preimplantation Mouse Embryo)がある。この論文では、ZGAが1-cell期から既に始まっていること(minor ZGA)を報告し、さらに1-cell胚でのDNA複製は転写活性化を促進する一方で、2-cell胚でのDNA複製は転写抑制に機能するということも示している。小さな受精卵で起こるイベントの分子メカニズムに迫ることは1990年代の技術では極めて難しく、この論文も記述的ではあるが、DNA複製期の「何か」が転写制御に寄与することを強く訴えているものだ。その後、青木先生らはマウス受精卵を使った研究で、1-cell胚からearly 2-cell胚にかけてのminor ZGAでは遺伝子間領域から雑多な(promiscuousな)転写が起こること、そしてそのような雑多な転写は2回目のDNA複製を終えたlate 2-cell胚のmajor ZGAでは抑制されることを報告している(Abe et al. EMBO J 2015)。やはり2回目のDNA複製期で「何か」が生じることが転写制御に重要そうであることを示している。

 2-cell胚のDNA複製に共役して何が起こることが転写制御に重要なのだろうか?この問いが今回の論文の主題であり、主役はヒストンH3.1/3.2だ。ヒストンH3にはほぼ同一の分子であるH3.1とH3.2(これらは1アミノ酸だけが違う)とH3.3というバリアントが存在し、H3.1/3.2はDNA複製過程でのみゲノムに取り込まれることがわかっている。H3.1/3.2は転写抑制に、H3.3は転写活性化に寄与するというのが一般的な認識だ。興味深いことに、1-cell胚ではH3.1/3.2のレベルは極めて低い。しかし、2-cell胚で起こる2回目のDNA複製期にH3.1/3.2が取り込まれ、そのレベルが格段に上昇する(Kawamura et al. 2021(青木先生ら)、Ishiuchi et al. 2021(この文章を書いている石内ら))。そこで今回、青木研の船屋さんらは、2-cell胚でのH3.1/3.2の取り込みを抑制し、その影響を調べている。方法としては、H3.1/3.2に対する siRNAをGV oocyteに注入し、その後卵子成熟と体外受精を行うというものだ。その結果観察されたことを以下にまとめる。
1.    H3.1/3.2 KD late 2-cellはクロマチンが全体的にオープンになる(EGFP-H2BのFRAPとTUNELアッセイによるもの)。
2.    H3.1/3.2 KD によりearly 2-cell から late 2-cellにかけてのTAD形成が損なわれる。
3.    H3.1/3.2 KD late 2-cell胚では抑制型ヒストン修飾のH3K9me2/3、H3K27me3、H2AK119ub1が減少する一方、活性型ヒストン修飾H3K27acは上昇する。
4.    全体的な転写量自体には変化がないが、遺伝子発現パターンが大きく変化する(RNA-seq)。
5.    H3.1/3.2 KDにより発現が上昇する遺伝子は、通常early-2cellからlate 2-cellにかけてH3.1/3.2が蓄積する遺伝子である。また、Aphidicolin処理による複製阻害でも同様の遺伝子発現変化が観察される。
6.    H3.1/3.2 KDでは通常late 2-cellで生じる遺伝子間領域の転写抑制が損なわれる。
7.    H3.1/3.2 KDではcontrolに比べおよそ半分程度しか4-cell期に発生せず、胚盤胞期にはほとんど達しない。

 おそらくこの論文のクライマックスは上記の6だ。この発見によって27年前の論文では不明だった2回目の複製期に生じる「何か」の実体は「H3.1/3.2の取り込み」で少なくとも一部は説明できる。つまり、H3.1/3.2の取り込みによって遺伝子間領域の転写が抑制され、選択的で精度の高い遺伝子発現がlate 2-cell胚で達成されるというものだ。そして、H3.1/3.2はおそらくヘテロクロマチンの確立と維持に重要な役割を担っているものと思われる。最近の研究で、哺乳類ゲノム(マウスES細胞がモデル)のデフォルトは抑制状態であり、単細胞生物の酵母のデフォルトは活性状態であることが報告されている(Camellato et al. Nature 2024)。H3.1/3.2は単細胞生物には存在せずにH3.3のみでクロマチンを形成する一方、哺乳類は進化の過程でH3.1/3.2を獲得した。今回の青木先生らの論文も合わせて考えると、発生過程では受精後の2-cell期で生じるH3.1/3.2の取り込みによりデフォルト抑制状態が確立されている可能性がある。

 末筆に何かいいことが書ければよいと思ったが、ここは全能性プログラムの青木研出身者である井上さんに委ねようと思う。

(山梨大学・石内崇士)


 上述のようなminor ZGA機構の解明を含め、卵型から胚型への遺伝子発現プログラムの切替え機構が青木先生の生涯の研究テーマだと認識している。今まさに“maternal-to-embryonic transition”的なちょっと格好いい名称が付いて流行っているトピックである。技術の進歩により今でこそ分子レベルの研究ができるようになったが、1990年代にこのテーマに身を投じた青木先生の先見性と胆力には尊敬以外の言葉がない。今思い返すと、青木先生は昔から「私の研究はずいぶん先駆けてるから、10年後にみんな似たようなことをやる」といったニュアンスのことを仰っていた。まさに今がその“10年後”なのですね。そして、青木先生は細々とでも長く引用され続ける論文に価値を見出し、自身の論文がそうであることを誇っていた。未開の地を地道に開拓する、基礎研究者としてのあるべき姿がそこにあり、そのような師と巡り会えたことを幸運に思う。

(理化学研究所・井上 梓)

H3.1/3.2 regulate the initial progression of the gene expression program
#Funaya S , Takahashi  Y, Suzuki M G​​​​​, Suzuki Y, #Aoki F.
Nucleic Acids Res. 2024 Apr 3:gkae214. doi: 10.1093/nar/gkae214. Online ahead of print.