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久保班の論文がMolecular Cellに掲載されました

2024.03.22

久保班の論文がMolecular Cellに掲載されました。

DNAを収納するヒストンタンパク質には様々な化学修飾が付加され、これによって遺伝子の活性化/不活性化が制御されます。数あるヒストン修飾の中でも、H3リジン4番目トリメチル化(H3K4me3)は最も有名な活性化修飾です。リジンのメチル化というのは、リジン残基側鎖末端のNH3にメチル基(CH3)が一つ付けば「me1」、二つで「me2」、三つで「me3」です。メチル基の数と機能の関係については、数が増えるほど機能が強化されるケースや、me1/2は単なる中間産物のケースなど様々です。H3K4me3は活性化遺伝子のプロモーターに局在していることはご存知の通りです。

さて、H3K4にメチル基が一つ付いた「H3K4me1」という修飾があります。これはエピジェネティクス分野の最奥地にあるマニアックな修飾と思うことなかれ。これはエンハンサー領域のマーカーとして、ゲノム解析屋さんからも重宝される修飾です。特に活性化エンハンサーマーカーとして知られるH3K27アセチル化(H3K27ac)の局在情報と組み合わせることで、ゲノムの機能エレメントが浮かび上がります。すなわち、H3K4me1だけが存在するゲノム領域は(後々活性化しうる)潜在的エンハンサー、H3K4me1とH3K27acが共局在するゲノム領域は(現在機能的な)活性化エンハンサーというわけです。このようにH3K4me1はエンハンサーマーカーとして認識されている一方で、実際に遺伝子発現に対してどのような機能を有しているかはよくわかっていませんでした。

そこで本研究は、MLL3 (KMT2C), MLL4 (KMT2D)という二つのH3K4me1修飾酵素の酵素活性部位点(dCD)変異体(dCD)ES細胞を用いて、H3K4me1の機能解明をおこないました。結果を要約すると以下の通りです。

1. MLL3/4 dCD ES細胞では、意外なことにH3K4me1がほとんど減少しない領域が多くを占めたことから、他の修飾酵素がバックアップすることが示唆される。一方で、ESからneural 
precursor cells (NPC)に分化の際に新規付加されるH3K4me1は、dCD細胞においては付加されない。

2. HiChIP法を用いてプロモーターエンハンサー相互作用(EP contact)を精査したところ、分化過程で新規に確立されるEP contactがdCD細胞においては破綻した。1, 2の知見を合わせて、H3K4me1は新規EP contactの確立に寄与することが示唆される。

3. 分化過程で活性化する遺伝子群の発現を調べたところ、dCD細胞においてはH3K4me1の付与が阻害されるにも関わらず、多くの遺伝子がWT細胞と変わらないレベルで活性化されていた。つまり、これらのH3K4me1は必ずしも遺伝子活性化に必須ではないことを示唆する。これは、複数のエンハンサーが一つのプロモーターを制御するためにMLL3/4に依存しない他のエンハンサーでバックアップされるためではないか、と考察している。

4. MLL3/4非依存のH3K4me1が何によるのかを調べるために、H3K4me3修飾酵素として知られるMLL2(KMT2B)を急速分解誘導できるES細胞を樹立し解析した。その結果、ESからNPCへの分化過程の遺伝子活性化には、MLL2によるH3K4me1が重要であることを見出した。

以上のことから、エンハンサーマーカーとして用いられているH3K4me1には、プロモーターとの接触を促進する機能があることが明らかになりました。さらに、MLL3/4は分化過程において、MLL2は多能性状態において、H3K4me1を付与することも示されました。トリメチル修飾ばかりに目が行きがちなヒストン修飾研究業界において、モノメチル修飾にも精巧な制御が存在することを示した重要な成果といえます。

Q1. H3K4me1は具体的にはどうやってEP contactを促進するとお考えでしょうか?

この論文のLimitationとしては、生化学的なアプローチでその点に迫ってないところが挙げられます。ただ、我々の解析で興味深かったことの一つに、MLL3/4 dCD細胞の遠位エンハンサー領域のH3K4me1シグナルの減弱(一部増強)と相関して、cohesin (Rad21 ChIP-seq)のシグナルも変化していた点です。もしかすると、H3K4me1はこうしたDNAループ構造に直接関わるタンパク質との親和性に関与しているのかもしれません。

Q2. MLL2は多くの細胞で転写制御に重要であることが知られていますが、実はその機能はH3K4me3ではなく、H3K4me1を介している可能性はありますか?これらを実際に切り分けて機能解析することは可能でしょうか?

今回、転写制御に関与していそうなMLL2によるH3K4me1は、遠位領域(遠位エンハンサー)に位置するものであり、H3K4me3が局在しているプロモーター領域でないので、E-P contactの詳細な解析で、ある程度切り分けた解析が可能かもしれません。ただし、プロモーター領域のH3K4me3がMLL2に非依存的な遺伝子だとよいですが、MLL2依存的に大きくH3K4me3が変化してしまう遺伝子だと、転写レベルが変化したとしてもプロモーターのH3K4me3と遠位エンハンサーのH3K4me1どちらの影響か、その区別は難しそうです。また、我々が解析した細胞でもそうでしたが、プロモーターのH3K4me3自体、MLL2(-)によるそのChIP-seqシグナル変化と遺伝子活性化が相関しない場合も多そうで(Hu et al, 2013, Nat Struct Mol Biol)、こちらに関してもより詳しい研究が必要だと思います。

Q3. 今回の発見と全能性プログラムとの関連があるとすればどのようなことが想像できますか?
 

今回はマウスES細胞を用いた研究ですが、初期発生においても遠位領域でのオープンクロマチン領域の増加が徐々にみられるので、今回の遠位領域による遺伝子制御の研究は、そうした発生過程の精緻な遺伝子制御機構の探究のヒントになると思います。一見同じH3K4me1でもMLL3/4だけでなくMLL2も関与していたのですが、それらの結合領域のモチーフ配列も異なるものでした。つまり全能性獲得と消失の過程のダイナミックなヒストン修飾変化の裏にも、多数うごめく転写因子の結合変化に伴い、こうした修飾タンパクも意外なものがゲノム領域別に関与しているという可能性も面白いかと思います。
 

(理化学研究所・井上 梓)
(回答:九州大学・久保 直樹)

H3K4me1 facilitates promoter-enhancer interactions and gene activation during embryonic stem cell differentiation
#Kubo N, Chen PB, Hu R, Ye Z, Sasaki H, #Ren B.
Molecular Cell March 20, 2024; doi.org/10.1016/j.molcel.2024.02.030