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岡江班の論文がPNASに掲載されました

2023.12.14

岡江班の論文がPNASに掲載されました。

 哺乳動物の胚発生過程では、胎盤を介した母体―胎児間の栄養供給やガス交換が必須になります。特に近年の不妊・不育や流産率の増加などの観点から、ヒトの胎盤がどのように作られるのか?どのような遺伝子が機能しているのか?ということに関する研究は社会的要求性が高いにも関わらず未だに不明な点も多いというのが現状です。
 遺伝子の機能を生体レベルで解析する方法として、特定の遺伝子を欠損させたノックアウト(KO)マウスを作製してその表現型を解析することは非常に有用で、これまで多くの胎盤形成に関わる遺伝子が同定されてきました。また、胎盤の主要な構成成分である栄養膜細胞は母児間の栄養交換や妊娠維持に重要ですが、1998年にマウスの栄養膜幹細胞(mouse Trophoblast Stem Cell; mTSC)が樹立され、さらに2018年には岡江先生らによってヒトのTSC(hTSC)が樹立されました。これらの細胞を用いればin vitroで栄養膜細胞の発生や遺伝子機能について研究を行うことが可能になります。しかしながらmTSCとhTSCの培養条件は全く異なり、幹細胞性の維持メカニズムの違いが示唆されているうえに、KOマウスの表現型解析から見出された遺伝子機能がヒトや他の哺乳動物の胎盤形成にそのまま外挿できるかどうかは大きな疑問として残されたままでした。
 そこで本論文では、マウスとヒトで得られた知見のギャップを埋めるため、それぞれの胎盤においてどの栄養膜細胞がマウス―ヒト間で性質が似ているか、またはどのような遺伝子機能が保存されているのか、という点について研究されています。
 MGIデータベースから、KOマウスが胎盤形成異常を起こす遺伝子を選定し、さらにヒトでオーソログな遺伝子を850個選定して、そこからCRISPR KOスクリーニング法を用いて、hTSCの増殖と分化に関わる遺伝子を絞り込みました。hTSCの増殖をPromoteする遺伝子は213個、Restrictする遺伝子は8個に絞ることができました。hTSCは培養条件によって、浸潤性の絨毛外栄養膜(Extravillous Trophoblast; EVT)細胞や、合胞体栄養膜(Syncytiotrophoblast; ST)細胞へと分化させることができます。EVT分化をPromoteする遺伝子は21個、Restrictする遺伝子は10個、また、ST分化をPromoteする遺伝子は54個、Restrictする遺伝子は16個ありました。
 そこで著者らはEVT-promoting遺伝子とST-promoting遺伝子の両方に検出されたDLX3とGCM1に着目しました。この2つの遺伝子のKOマウスは胎盤形成異常をきたすことが知られています。hTSCにおいてDLX3 KOとGCM1KO細胞株を作製し、それぞれEVT細胞への分化誘導を行いました。そのEVTをマトリゲルに埋め込み、浸潤能を持つEVTであれば時間経過とともにマトリゲルの内側から外側へ細胞が移動している様子が観察されます。DLX3 KOおよびGCM1 KO hTSCから分化したEVTは浸潤能が劇的に低下していることがわかりました。また、split-GFPによりDLX3 KOおよびGCM1 KO のST細胞分化において細胞融合能を調べたところ顕著に低下していました。これらのことからDLX3とGCM1はhTSCの分化に重要であることが確かめられました。
 転写因子であるDLX3とGCM1のターゲット遺伝子についても調べられています。ChIP-seqによりEVTとST細胞におけるDLX3とGCM1のターゲット遺伝子として、SNAl1やPTENなどが検出されました。また、DLX3とGCM1のタンパク質間相互作用も確認できており、この二つが共同でEVTとST分化に関わる遺伝子の転写調節を行っていることも明らかにしました。
 栄養膜細胞の発生や分化において、ヒトとマウスの違いは何か?また、それらに保存されている性質や遺伝子機能はどのようなものがあるか?という点についても解析されています。最初に著者らが行ったCRISPRスクリーニングによって絞り込まれた遺伝子と、KOマウスで胎盤異常が起こる遺伝子で共通する130個の遺伝子をピックアップし、それら遺伝子がhTSCの増殖・EVT分化・ST分化の3点においてどのようにかかわるのか調べています。マウスの胎盤を含む胚体外組織に存在するEctoplaecntal cone (EPC)、Spongiotrophoblast (SpT)という組織にhTSCの増殖に関連する遺伝子と相関があり、またマウスのChorion、Labyrinthという組織にヒトST細胞分化に関連する遺伝子と相関があることを見出しています。ヒトEVT細胞分化に関連する遺伝子はマウス組織において保存されておらず、またmTSCの幹細胞性の性質もヒトとの相関がほとんどないことも確認しています。またマウス胎盤では、細胞増殖を抑制する遺伝子も多く存在していますが、これらはヒトST細胞との相関が強かったようです。以上のことから、ヒトTSCはマウスにおけるEPC/SpT、ヒトST細胞はマウスにおけるChorion/Labyrinthに関連した遺伝子発現パターンを示し、マウスTSCやヒトEVT細胞は関連を示すことが難しく、それぞれの種特有のものである可能性が高いことが示されました。本論文はこれまで多くの胎盤研究者が感じていたマウスとヒトの胎盤の違いについて、どこが似ていて、どこが違うのか、という疑問をはっきりさせてくれた非常に有意義な研究だと思います。今後は胎盤を持つ他の動物種との比較をされるのかと思います。大変楽しみです。


<質問>
・CRISPRスクリーニングによってTSCの増殖性、EVTやSTの分化に関わる遺伝子を絞り込めていたと思いますが、例えばST分化に重要とされるOVOL1は今回の論文でST-promotingだけでなくEVT-restrictingの遺伝子群にもリストされています。また過去の文献からASCL2という遺伝子がstemからのEVTとST分化の過程に相互に作用することも言われているので、OVOL1もKOするとEVT分化に傾きやすいなどという表現型が示唆されるのでしょうか?

A. 実験的に確認したわけではありませんが、OVOL1をKOするとEVT分化が促進されるのではないかと考えられます。別の遺伝子でMAPK14(p38)も同様の挙動を示していますが、p38の阻害剤でヒトTSCを処理すると、ST分化が阻害され、逆にEVT分化が促進されることを確認しています。

・上記の質問に関連しますが、今回の論文でやられていたCRISPRスクリーニングの系で例えばEVTとSTを比較したときに、OVOL1やASCL2のようなEVTとST細胞分化をreciprocalにregulateするような遺伝子も絞り込めそうだと思いましたが、可能なのでしょうか?また今後そのような取り組みもされるのでしょうか。​​​​​​​

A. 数は多くないですが、OVOL1、MAPK14はreciprocalな制御に関わる可能性があると考えています。また、ST分化に関わる遺伝子はヒトTSCの増殖を抑制する傾向も見られました。これらの遺伝子の発現がどのような仕組みで調節されているのか、今後解析を進めていきたいと考えています。

・マトリゲルでDLX3 KOとGCM1 KOのEVTの浸潤能を見られていましたが、シンプルにHLA-G陽性細胞数が減少したり、コントロールに比べてEVTの形態をしていないなど、TSCからのEVT分化能が低下しているかどうかは見られているのでしょうか。

A. データは載せませんでしたが、KO細胞において、HLA-G陽性細胞の減少とEVTの形態異常(丸いまま伸びない傾向があります)を確認しています。

・マウスでKOすると胎盤異常が起こる遺伝子と、hTSCでCRISPRスクリーニングにより絞り込まれた遺伝子で、共通するものが130個あるとのことですが、その内訳はEVTやST分化に関わる遺伝子よりもhTSCのgrowthに関わるものが多いと思います。これはマウスにはEVTとcharacterizeされる細胞がいないという理由もあるのかと思いますが、それ以外に例えばヒトとマウスで栄養膜細胞のgrowthに関しては保存されている遺伝子機能が多いと示唆することもできるのでしょうか?

A. はい、growthの制御に関しては、ヒトとマウスで共通の遺伝子が多いのではないかと考えています。特に、ヒトTSCの増殖を制御する転写因子と、マウスの栄養膜前駆細胞の増殖を制御する転写因子はよくオーバーラップしていました。

・ヒトのST分化と、マウスのchorion/labyrinth形成に関しては共通する遺伝子が働いていそうですが、これはレトロウイルス由来の遺伝子を除いた上での結果ということでよろしいでしょうか。ST細胞はヒトとマウスどちらにもありますが、機能しているレトロウイルス由来遺伝子は異なるので、今回の共通遺伝子にはリストされてこなかったのだと思いますが、今回の論文ではST分化においてレトロウイルス遺伝子以外の遺伝子機能に保存されているものがある、という解釈でよろしいでしょうか。

A. ご指摘のように、ST分化にはシンシチンと呼ばれるレトロウイルス由来の遺伝子が関わっていますが、ヒトとマウスのシンシチンはオーソログではないため、今回の解析には含まれていません。また、レトロウイルス由来遺伝子のうち、Peg10がマウスの胎盤発生に重要であることが良く知られています。一方で、ヒトTSCにおいてPEG10をノックアウトしても、細胞の増殖や分化は正常であることを確認しています。ヒトの胎盤でPEG10がどのような役割を担っているのか(もしくは必要ないのか)について、オルガノイドなどを使ってより詳細な解析を進めています。

・今回のマウスとヒトとの比較で、ヒトのEVT細胞に相当するものがマウス胎盤内にはなかったとのことですが、例えば浸潤性栄養膜細胞が存在するラットではどうなるのか、またはサルではどうなるのか、など他の哺乳動物との比較が楽しみです。栄養膜細胞に関連した現象でいうと、着床、EVT分化、ST分化、stemnessの維持、マウスだとendoreduplicationなど色々あると思いますが、先生方がメインで注目したい現象がありましたら教えてください。

​​​​​​​A. ラットやサルとの比較はとても興味深いテーマだと思います。種間比較に加え、着床から出産に至るヒト胎盤の発生過程の試験管内再現を大きな目標にしています。そのためには、ヒトTSCのみの研究では不十分で、子宮内膜細胞や胎盤を構成する栄養膜細胞以外の細胞の研究がとても重要だと考えています。

(滋賀医科大学・武藤真長)
(回答:熊本大学・岡江 寛明)

CRISPR screening in human trophoblast stem cells reveals both shared and distinct aspects of human and mouse placental development
Shimizu T, Oike A, Kobayashi E H, Sekiya A, Kobayashi N, Shibata S, Hamada H, Saito M, Yaegashi N, Suyama M, Arima T, #Okae H.
PNAS. December 12, 2023;120 (51) e2311372120. doi:org/10.1073/pnas.2311372120