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石内班の論文がGenes & Devに掲載されました

2023.08.10

石内班の論文がGenes Dev誌に掲載されました。

我々の一生は精子と卵子の受精から始まります。受精直後は母親が卵子に残してくれたRNAやタンパク質を頼りに発生しますが、これらはいずれ尽きてしまいます。そのため、受精卵は早々に独り立ちして転写、翻訳などを自力で駆動して発生しなくてはなりません。しかし、この独り立ちがどのように生じているのかはまだまだ未解明です。原因の一つに細胞数が少ないという点があります。RNAなどは受精卵のサイズが大きいので比較的解析しやすいですが、ゲノムの構造を解析するような手法は核の数に依存するので少数細胞での解析が困難でした。

生理的に重要なゲノム構造の一つに、ヌクレオソームが連なってできるクロマチン構造があります。転写を行うためにはクロマチン構造が緩む必要がありますが、ヌクレオソームが初期胚でどのように配置されているのか、どのように変化しているのかはわかっていませんでした。そこで石内グループでは、初期胚でのヌクレオソームの配置を明らかにするためにMNase-seqを改良して、少数細胞で解析できるような実験系を立ち上げました(liMNase-seq)。DNA分解酵素の一つであるMNaseはヌクレオソームのない場所を優先して切断するので、切断後のDNAをシークエンシングするとヌクレオソームの配置を知ることができます。石内グループはMNase処理条件を検証し、ゲル抽出の過程をなくすことでDNAのロスを減らし、少細胞でのクロマチン構造解析を実現しました。

このliMNase-seqを用いて受精卵〜8細胞期胚までのクロマチン状態を解析したところ、興味深いことに、初期胚ではヌクレオソームの配置が比較的定まっておらず、バラつきがち(Fuzzy)であることを発見しました。2細胞期、8細胞期、と発生が進むに連れて、徐々にヌクレオソームの配置は定まってくるようです。また、ヌクレオソーム間の距離も受精卵の方が短く、発生が進むに連れて長くなっていました。次に転写開始点を目印にヌクレオソームの配置を解析しました。転写が活発な遺伝子の開始点近傍では通常ヌクレオソームがみられなくなるNucleosome-Depleted Regions(NDR)が認められます。しかし、ここでもやはり受精卵では8細胞期に比べてNDRが顕著には見られませんでした。このように、様々な点で受精卵のクロマチン状態は特別であることがわかりました。では、この特別なゲノム状態から通常のゲノム状態へと独り立ちさせる因子は何なのでしょうか。

石内グループはこのクロマチン状態を制御する因子を探索しました。ヒントはヌクレオソームのなくなる領域(DNAase Hypersensitive Site: DHS)のDNA塩基配列です。転写による二次的な影響を避けるために転写開始点から離れたDHSに共通する配列を解析し、その配列に好んで結合する転写因子をリストアップしました。その中に、Yy1がいました。Yy1(Yin Yang=陰陽)はクロマチン状態の制御を通じて転写の活性化にも抑制にも機能する転写因子です。siRNA注入によってYy1をノックダウン(KD)したところ、8細胞期胚までは正常に発生しましたが、桑実胚から胚盤胞までの発生に顕著な遅延が認められました。

8細胞期胚でのYy1の結合をCUT&RUNで解析したところ、予想通りYy1の結合場所は8細胞期にヌクレオソームが整然と配置していた場所と重複していました。また、Yy1-KD胚において、Yy1結合配列の半数以上でNDRが正常に確立できていませんでした。これらの結果から、たしかにYy1は受精後のクロマチン状態の確率に重要な働きをはたしていそうです。しかし、面白いことに8細胞期のYy1-KD胚では転写状態には大きな異常は認められませんでした。この結果は、Yy1-KD胚が8細胞期までの発生に顕著な異常が無いこととも一致しています。過去の研究からもYy1-KOマウスは着床前ではなく、着床直後に致死となることがわかっています。これらの結果から石内グループは、Yy1は8細胞期前後にクロマチン状態を制御することで、他の転写因子が結合し、転写状態を制御できるようにする下地作りのような機能を果たしているのではないかと結論づけています。

 

[質問]
ヌクレオソーム配置がFuzzyであることはM2 Oocyteでも同様にみられるのですか(Fig1C-E)?

A. Oocyteの解析はやっておらず、今のところ不明です。

MNase処理を7分と11分と2つ結果を示しているのが興味深かったです。実験結果をそのまま出していて誠実な姿勢だと思いました。条件によって結果が変わっているように見えるところではどのように解釈するのが良いのでしょうか?例えばFig.2Bでは8細胞期胚では11分処理の場合にのみピークの高さがFPKMの高さと相関が見られます。こういう解析にはこういう条件が良い、などの適性があるのでしょうか?また、なぜ7分と11分だったのでしょうか?(例えば5分と20分という選択肢はなかったのですか?)

A. MNaseを過剰に処理すると、Openな領域からのリードが相対的に増加してしまいます。これをやってしまうと、ゲノム全体にほぼ均一に存在するはずのヌクレオソームなのに、あたかもヌクレオソームが存在するところとしないところに分かれるような解釈になります。ということで、ややmildな条件でのMNase処理が必要でした。このことからもわかるように、処理時間の違いで結果(と解釈)が変わってしまう怖さがあります。誤った解釈を防ぐという目的で7分と11分という2点を選びました(5分、20分でもいけたかもしれませんが、これらはunder-digestionとover-digestionぎみという判断に至る気がします)。両条件から同じ結論を導くことができるかということを重要視し、論文ではそれを記述しました。

ヌクレオソームの間の距離が短いという発見(Fig.1D)は面白いと思いますが、ヌクレオソーム間の距離というのはどのように制御されているのでしょうか?また、他にこのようなヌクレオソームの距離が短い細胞が知られていたりしますか?

A. ヌクレオソームコア(147bp)とリンカーDNAの長さを足してヌクレオソームDNAの長さとします。 ヒトの顆粒球では平均193bp、T細胞で203bpです (Nature 2011)。しかし、T細胞の中でも、ヘテロクロマチンは205bpと長く、ユークロマチンは178bpと短いのです。この傾向はマウス受精卵でも同じでした。ヌクレオソーム間の距離が全体として短いというのは、全体としてユークロマチン傾向にあることを示唆するのかもしれません。

Fig2BやFigS2Bをみると、発現の高い遺伝子やPol2が局在してる遺伝子は比較的ヌクレオソームの配置が規則的に配置されていたり(Fig.S2B)、−1の位置のNDRは確立しているように見えます。Pol2や基礎転写因子がゲノムを走行することがヌクレオソームの配置に重要だということなのでしょうか?

A. Pol2がプロモーターにしっかり結合する場合は、周囲のヌクレオソームの位置が定まりやすいことは間違いないと思います。これは想像ですが、Pol2が走ることは位置決定にはあまり関与せず、Pol2がプロモーターにどれほど安定かつ長時間結合するのかが周囲のヌクレオソームの位置決めに寄与するのではないかと思います。

いくつかのCommon distal DHSs(例えばMAFK/MAFAサイト)近傍ではZygoteでもヌクレオソームの配置がFuzzyではないように見えます(Fig.4D). このようなFuzzyな場所とFuzzyでない場所の特徴はなにかあるのでしょうか?解析する方法はありますか?

A. 同様に、CTCFの結合サイトはZygoteでもヌクレオソームがきれいに並んでいます。おそらく、これらは発現が変動せずに常に結合しっぱなしで、ヌクレオソームの位置決めに強い作用を発揮し続けるような因子という印象です。Fuzzyでないところをたくさん回収するのは解析上は可能だと思います。

Yy1結合サイトでヌクレオソームの配置が整ってくるという結果を示していますが(Fig.6C)、逆に、ヌクレオソームの配置が著しく変わってくる場所に注目して、この配置を制御している転写因子を探すような解析はできなるのでしょうか?

A. いいアイデアですね。質問5にある解析法を用いればできそうです。

Yy1のCUT&RUNを行っていますが、初期胚での転写因子のCUT&RUNはかなり珍しいと思います。特に工夫などはありますか?苦労したことなどあれば教えて下さい。

A. YY1はzinc fingerをもつので一般にCUT&RUNで使われるEDTAをEGTAに変える、抗体ラベル時間を短くする、良い抗体を探す、できるだけ細胞数を増やす、などの工夫をしました。意外にもES細胞ではあまり綺麗なデータはとれませんでしたが、初期胚ではいけたのです。これはYY1の発現量・結合度の違いのせいだと解釈しています。いつでも培養細胞がポジコンになるとは限らないという教訓になりました。

Yy1-KD胚では8細胞期に明らかなヌクレオソームの配置に異常が生じているにも関わらず、転写の異常が殆ど見られないことと、発生異常が生じるのが桑実胚期であることを考えると、8細胞期まではクロマチン状態の異常に対して耐性があるという見方もできると思います。エピジェネ因子の異常の多くが未分化状態では影響は軽微であり、分化に伴って異常が顕在化することが多いことを彷彿させます。上述したYy1の下地づくりがどのようにその後の発現制御(例えば桑実胚や胚盤胞)に影響を与えているのかは解析していますか?

A. 僕たちもその考えに同意で、データはそれを物語っています。実は手元にはMorula(桑実胚)のRNA-seqサンプルがあります。データ解析までやってみたいと思います。

母性因子でないYy1のLoss-of-function解析にCRISPRではなくsiRNAを使ったのは何か理由がありますか?レスキュー実験するためにあえてでしょうか?

A. CRISPRでモザイクKOになるなんてことがない条件であれば、正直、どちらでもよいとは思います。

(東邦大学・ 山口 新平)
(回答:山梨大学・石内 崇士)

Dynamic nucleosome remodeling mediated by YY1 underlies early mouse development
Sakamoto M, Abe S, Miki Y, Miyanari Y, Sasaki H, #Ishiuchi T.
Genes Dev. 2023 Jul 1;37(13-14):590-604. doi: 10.1101/gad.350376.122. Epub 2023 Aug 2.