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深谷班の論文がMolecular Cellに掲載されました

2023.05.18

深谷班の論文がMolecular Cellに掲載されました。

細胞がその性質を変化させる過程では、特定の遺伝子群が一斉に、大量に転写されます。その際、遺伝子は連続的に転写され続けるのではなく、数分おきに転写のオン・オフを繰り返す「転写バースト」という現象が起こります。その中心的な役割を担うのがエンハンサーと呼ばれるゲノム中の調節配列です。固定した細胞の観察から、転写バースト時にエンハンサー領域には転写因子や転写コアクティベータなどが集積することが知られていました。しかし、生細胞内で転写関連因子がどのような挙動を示すか、また因子の集積と転写との因果関係は不明なままでした。

深谷グループでは、ショウジョバエの初期胚において、特定の転写因子の核内動態とその転写因子の作用による転写状態を可視化する新たな技術を開発しました。そして、その技術を用いた超解像顕微鏡観察と画像解析技術を駆使することで、転写バーストが生じる過程をリアルタイムに定量測定することに成功しました。

その結果、エンハンサー領域では、転写因子や転写因子に結合する因子が集合したり離散したりを動的に繰り返しており、遺伝子発現を誘導する「反応場」が作られることがわかりました。そして、反応場における転写因子の局所的な濃度が高くなると、その瞬間に標的遺伝子から新たな転写が起こる様子が顕微鏡で捉えられました。また、転写因子によくみられる天然変性領域(Intrinsically disordered region, IDR)が反応場の形成を促進することで、特にゲノム上でエンハンサーから遠く離れた遺伝子の転写バーストに一役買っていることが示されました。エンハンサーと標的遺伝子は転写因子を介したループを恒常的に形成するのではなく、エンハンサーが転写活性化の「反応場」を形成するための足場として機能することで、全能性の発揮や個体発生に必要な緻密な遺伝子制御を行っているという新しいモデルが提唱されました。実際にエンハンサー領域の転写因子の局所濃度の制御に異常が生じると、転写バーストの発生パターンが乱れ、ショウジョウバエの個体発生が進まなくなることも実験的に確かめられました。

さらに、ゲノム上の離れた位置に存在する2つの遺伝子が1つのエンハンサー領域に形成された反応場を共有することで、2つの遺伝子の同調的な転写バーストが起こることもわかりました。生体内では、さらに多くの遺伝子が1つのエンハンサーを共有することで、一連の遺伝子群の同調的な発現が起こっていることが示唆されました。

 

<質問>

1. これまで状況証拠から“想像”することしかできていなかったエンハンサーによる転写制御のしくみについて、ライブイメージングで現場をとらえた、サイエンス的にも視覚的にもとてもきれいな研究結果ですね。深谷研究室では、これまでも転写の現場を捉えるイメージング手法を開発されてきましたが、今回の研究で可視化という意味で一番苦労された部分や、あるいは「ここがブレイクスルーだった」というポイントについて教えていただけますか?

(回答)ご紹介いただきましたように私たちの研究室ではこれまでも転写バーストといった動的な転写の振舞いを可視化してきました。今回の研究では、「転写因子の挙動自体も同時に捉える」という部分が論文の中核になっています。しかし、実際には研究計画の発足当時は「もしも見れたらラッキーだよね」というくらいの温度感であり、蛍光タグを融合したのも細胞ごとの転写因子の発現量を解析時にノーマライズするため、という別の用途でした。案の定、最初のイメージング時には転写因子の挙動を捉えることは全くできませんでした。

今回新たに構築した実験系では、初期胚の頭尾軸に沿って転写因子の発現に濃度勾配が生じるようにデザインしてあります。これにより観察画角を変更することで一つの初期胚の中で観察に適した条件を探索できるような仕掛けになっています。このデザインがなければ細かな観察条件の探索のためにその都度ショウジョウバエの組み替え系統の樹立が必要となり、おそらくその根気はなかったでしょうし、「まぁ、見えないものなんだな」と違う方向性での研究となっていたかもしれません。また論文後半でゲノム編集の標的とした転写因子(Bicoid)も頭尾軸に沿って濃度変化が生じている因子の一つであり、実は前述した実験系の設計と観察結果が標的遺伝子の選定時の着想元にもなっています。振り返ってみると一つの思いつきがその後の実験に(図らずしも)連鎖的につながっていったことが今回のブレイクスルーとなっているのかなと思います。

より細かな点では、転写因子に付加する蛍光タグの種類(蛍光波長)に応じて、その都度それまでに構築してきた転写イメージング系全体を全て設計し直し、最適化した系統を作り直す必要があったのは苦労しました。多色蛍光のライブイメージング系の宿命と言えるかと思います。

 

2. 転写因子の局所濃縮が「一過的に」繰り返し起こることが、転写のオン・オフが繰り返される要因であることが示されましたが、局所的に集積した転写因子がやがて減っていくためには、転写が起こることが必要なのですか?

(回答)転写因子の局所濃縮がなぜ一過的であるのかは私たちも興味を持って研究を続けているところです。現在のところ私たちの実験系では転写が起こった際の遺伝子座しか可視化することができないため、転写が起きなかった際のエンハンサー領域での転写因子の挙動を知ることが困難であるという弱点があります。こうした理由でご質問に直接的に答えられる材料はまだ持っていないというのが実情です。

現在、一部のモデルでは合成されたRNA分子そのものの電荷や転写伸長反応に伴うRNAポリメラーゼIIのリン酸化状態の変化がトリガーとなって転写コアクティベーターなどのタンパク質の局所的な集合状態を解消させる、という仮説が提唱されています。これらのモデルを鑑みると、転写因子の集積が解消されるためには転写が起こることが必要、と考えられます。しかし、私たちが観察している時間スケールでの転写因子の挙動と上述したモデル内の現象が関連しているのかどうかはまだよく分からないというのが現状です。また、興味深いことに今回私たちは転写の強度がより強い設計であるほど同じエンハンサー配列であるにも関わらず転写因子の局所濃縮がより促進されることも観察しています。つまり、転写反応自身がこうした反応場の形成を促進的にも、抑制的にも転写反応の進行段階に応じていずれの方向にも働いていると考えられており、このあたりのメカニズムはまだ解明されたとは言えない点だと思っています。

 

3. IDRがより遠くの遺伝子と反応場との結合確率を上げて転写をオンにすることが示されましたが、IDRによって、1つのエンハンサー(反応場)を共有する遺伝子の数が増えていく、といった効果もあるのでしょうか?あるいは、1つのエンハンサーを共有する2つ(以上)の遺伝子の発現が同調的に起こる場合、反応場に集積する転写因子の量が増えるメカニズムはIDRとは別のメカニズムが想定されるのでしょうか?

(回答)実は転写因子にIDRを付加した際に1つのエンハンサーを共有する2つの遺伝子の発現が同調的に起こりやすくなるのかどうかをレポーター系を用いて検証したことがあるのですが、その際はこうした効果を観察することはできませんでした。ただ、使用したエンハンサー配列のバリエーションがごく少数に限られていたために十分にその効果を見積もることができていない可能性があると考えていており、今後もご指摘いただいた点に関する検証は継続していこうと考えているところです。

IDRとは別のメカニズムによって反応場に集積する転写因子の量が増える可能性についてですが、反応場に共有されたプロモーター配列の存在がそうした効果を担っているのかもしれません。私たちの観察ではエンハンサーから近い位置にプロモーター配列が存在する場合にもまた反応場に集積する転写因子の量が増えることを観察しています。この現象の詳しいメカニズムは全く分かっていないのですが、プロモーター上に結合した基本転写因子などの存在がエンハンサー上の転写因子の濃縮状態の形成を促進しているのではないかと考察

しているところです。この結果から(あくまで想像ですが)1つのエンハンサーにコンタクトしているプロモーターが増えることで、その反応場により多くの転写因子が集積するようにポジティブフィードバック的な効果が生じているのかもしれません。

(東京大学・ 大杉 美穂)

(回答:東京大学・ 川﨑 洸司)

 

Functional coordination between transcription factor clustering and gene activity.
Kawasaki K, #Fukaya T.
Molecular Cell 83, 1605-1622, May 18, 2023. doi: 10.1016/j.molcel.2023.04.018