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伊川班の論文がNature Communicationsに掲載されました

2023.05.09

伊川班の論文がNature Communicationsに掲載されました。精巣上体の精子成熟機構に関する論文です。
 

精巣上体は精子の機能的成熟に重要な器官と認知されていますが、1930~1960年代には、精巣上体はabandoned child of reproductive systemなどと揶揄され、あってもなくても生殖に影響ない器官とみなされていました。1960年後半になると、精巣上体は精子の機能的成熟に重要であるとわかり注目されるようになったのですが、最近まで、その機構の解明はほとんど進んでいませんでした。その理由を筆頭著者である浄住さんに伺ったところ、当時の研究手法では精子成熟機構の解明が難しかったからでは、とのことでした。淨住さんや伊川さんらはゲノム編集技術など先端技術を駆使し、2020年には、精巣上体の分化誘導とそれによる精子成熟機構の発動は、精巣から分泌されるNELL2を介して行われるという重要な発見をしました(淨住ら, Science)。今回はその論文の続編となります。

淨住さんらは、ヒトのC4orf48遺伝子産物のオーソログであり、マウスの精巣や精巣上体といった生殖器に高発現する分泌タンパク質、NICOL、に着目し、その機能解析に着手しました。Nicolを働かなくした遺伝子破壊(KO)マウスは雄性不妊を示しました。この雄性不妊の原因は、膣や子宮に射出された精子が子宮と卵管の接合部を通過できないことによるものでした。また、Nicol KOマウスの精子を体外受精に供すると、卵子の透明帯に結合できないという特徴を示しました。これらの表現型は、精子表面膜タンパク質であるADAM3のプロセッシング(部分切断による成熟化)に不具合が生じると現れることが彼らのこれまでの研究からわかっています。そこで淨住さんらは、Nicol KOマウスの精子のADAM3を調べたところ、その前駆体などの発現に異常はありませんでしたが、成熟型のADAM3の発現がほとんど消失していました。

続いて淨住さんらは、精巣上体のイニシャルセグメント(精巣上体が始まる辺り)に着目しました。イニシャルセグメントは精子成熟に重要な役割を果たします。Nicol KOマウスでは、そのイニシャルセグメントの上皮組織の退縮や、精子成熟に重要な役割を果たすタンパク質(OVCH2やADAM28)の発現消失が確認されました。イニシャルセグメントの分化はNELL2-ROS1によるルミクリンシグナルにより制御されます。ルミクリンとは、分泌因子が管腔内空間を経由してその先の組織の分化を促す現象のことで、この場合、精巣で分泌されたNELL2タンパク質が精細管を経由してその先の精巣上体に達し、上皮細胞のROS1を刺激して上皮の分化を促す一連の流れを指します。Nicol KOマウスでは、ROS1シグナル活性化の指標となるMAPキナーゼERK1/2 の活性化が低下していました。また、ERKの下流にあるEtvファミリー転写因子の発現もイニシャルセグメントの上皮組織で低下していました。NICOLはNELL2と同じように、ROS1を刺激することでイニシャルセグメントの分化を促していることが示されました。

淨住さんらは更に、NicolとNell2の精巣における発現を、RNA expression profileで調べました。その結果、Nicolは、Nell2を発現している精母細胞でも発現していました。そこでNICOLの組換えタンパク質を哺乳動物細胞で作らせて、NICOLによるNELL2やROS1とのin vitro結合アッセイを行ったところ、NICOLがNELL2に特異的に結合することがわかりました。NICOLのNELL2への結合はin vivoでも確認され、更にNICOLのROS1への結合も認められたので、NICOLは、NELL2-ROS1ルミクリンシグナルを直接的に制御することがわかりました。

最後に浄住さんらは雄性不妊のレスキューを行いました。具体的には、Clgn-NicolトランスジーンをNicol KOマウスに導入し、Nicolの発現を精巣でのみ回復させてから、ルミクリンシグナルにおけるNICOLの作用を調べました。その結果、Nicol KOマウスで観察された様々な異常は回復し、成熟型ADAM3の精子が生産されるようになり、妊孕性も戻りました。

以上まとめますと、NICOLは、NELL2とともに精巣から分泌されて複合体を形成し、精細管を経由して精巣上体のイニシャルセグメントに達して上皮組織の分化を促すことで、精子成熟機構をオンにしているとわかりました。

精母細胞は、近い将来、自身がたどり着き成熟する場の環境を事前に整えているのですね。細胞が自身の未来に投資する、みたいなことでしょうか。あらためて生物は面白いと認識しました! 


【質問とその回答】
① ルミクリンシグナル伝達による精巣上体の分化制御はNICOLとNELL2、およびROS1で必要十分なのでしょうか?
 

(回答)答えは不明です。これから再構成など分子レベルでの検証をさらに進めたいです。

 

② 精巣以外に発現するNICOLの寄与はありますか?


(回答)ないとは言えませんが、精母細胞からだけの寄与で十分でしょう。

 

③ 精巣内精子の体外成熟は可能ですか?


(回答)精巣上体でなされるような精子成熟をin vitroで再現されていないと思います。以下の点が克服されれば、精巣精子の体外成熟は理論的には可能であると私は理解しています。

1.精子成熟の客観的な指標と評価法の確立
2.1を活用した、in vitroでの精子の成熟に必要十分となる管腔液成分の同定
3.2にもとづいた人工管腔液の調製

Nicol KOマウスのようなモデル動物を使うことで、実際的な精子成熟条件の探索研究(上述では1と2の部分)が進展する可能性があると思われます。

 

④ 今後の課題を聞かせてください。


(回答)ルミクリンシグナル伝達の分子基盤を明らかにすることと、その制御下での精子の成熟機構を明らかにすること、です。

 

(旭川医科大学・日野敏昭)

 

A small secreted protein NICOL regulates lumicrine-mediated sperm maturation and male fertility
#Kiyozumi D, Shimada K, Chalick M, Emori C, Kodani M, Oura S, Noda T, Endo T,  Matzuk MM,  #Wreschner DH, #Ikawa M.

Nat Commun. 2023 Apr 24;14(1):2354. doi: 10.1038/s41467-023-37984-x.