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伊川班の論文がPNAS.に掲載されました

2023.03.24

伊川班の論文がPNASに掲載されました。
  
精子が子宮を通過して卵管内で受精に至るまでには、正常な運動能力が必要で、またその遊泳効率向上のため抵抗を少なくするべく細胞質を最小限にしておく方が有利であると考えられます。精子形成過程において、セルトリ細胞から精巣の管腔内へ放出されるspermiationという現象が起きます。 この際に、spermatidの細胞質を除去し(くびり切り?)セルトリ側に残していくことで精子内の細胞質成分を減らし、効率的な遊泳運動を可能にしているそうです。しかし、この細胞質を除去するメカニズムはこれまで詳しくわかっていませんでした。  
本論文では、伊川班の嶋田さんらがTsks(Testis Specific Kinase-Substrate)という精巣特異的に発現する遺伝子のノックアウトオスマウス(以下Tsks KO)が不妊になることを見出し、それをきっかけにspermiationにおける細胞質除去のメカニズムを明らかにされています。

Tsks KOの精子は頭部および中片部構造が異常で運動能力が顕著に低下しており、IVFでも受精率は極めて低いことがわかりました(ICSIでは正常に発生可能)。 
精子形成期には、複数種のnuage(フランス語で雲の意味)という非膜構造が細胞質内に形成され、一部のnuageにはTSKSタンパクが局在することが光学顕微鏡や透過型電子顕微鏡を駆使して明らかにされています。Tsks KOではこのnuage構造が失われ、また中片部の形態異常となることから、TSKS依存的に形成されるnuage構造が細胞質の除去に必要であることが示唆されました。 
TSKSはTestis Specific Kinase-Substrateというその名の通りリン酸化修飾を受ける分子であるため、そのリン酸化酵素であるTSSK1,TSSK2および脱リン酸化酵素PPP1CC2の機能にも着目されています。Tssk1,2のダブルノックアウトマウスはTsks KO同様に雄性不妊であり、精子形成が異常になることが知られていました。 
今回は培養細胞でTSKSやTSSK、PPP1CC2を強制発現させ、nuageの形成を調べたところ、PPP1CC2を発現させた脱リン酸化状態TSKSでnuageが形成され、TSSKを発現させたリン酸化状態のTSKSではnuageが形成されないことを見出しています。 
これらの実験結果から、TSKSはそのリン酸化状態に応じてnuageを形成し、正しいspermiationに寄与していることが示されました。 
今後はTSKS由来nuageの形成が実際にどのように細胞質の除去に作用しているのか?またTSKSの結合タンパク質としてHSP70などが本論文で同定されましたがその機能はわかっていません。それらとの関係などさらなる解明が期待されます。  

以下、質問です。  

①今回、主として精子からの細胞質の除去という表現型に着目されていましたが、Tsks KO精子ではそもそも運動能力がかなり低下しています。これは精子ミトコンドリアの異常によるものが大きい印象を受けました。 精子ミトコンドリアや鞭毛の構造や活動が正常であれば多少頭部の形態や中片部に多量の細胞質が残っていてもある程度の運動は可能な感じがするのですが、実際のところどうなのでしょうか?  

(回答)質問にありますように、完成直後のTsks欠損精子では鞭毛構造やミトコンドリア鞘の形態に異常はありません。なので精子運動性は正常であるだろうと考えるのは自然なことだと思います。実際にはTsks欠損精子の運動性はほぼ0で、ほとんど動かないのですが、これは中片部に大量に残った除去されるべき細胞質内でアポトーシス反応が進行したために精子にダメージが生じた結果であると思われます。
精子ミトコンドリアに異常があるKOマウスをいくつか私も解析してきました。Gk2欠損(Shimada et al., JRD, 2019),Armc12欠損(Shimada et al., PNAS, 2021),Kastor and Polluks欠損(Mise et al., Nat. Commun., 2022)などではミトコンドリア鞘の形態に異常があり運動性は低下するものの、Tsks欠損のようにほぼ0になるまで劇的に運動性が低下することはありません。このことからもミトコンドリア異常が精子運動性低下の主因ではないことが示唆されると思います。


②野生型でも細胞質の除去はかならずしも一様でない(多少spermに細胞質が残ることがある)のでしょうか?もしそうであれば、(Tsks KOほどではなくても)やや細胞質が多く残ってしまった精子はその後、受精までに支障をきたしたり、受精後の胚発生に影響を及ぼしたりする可能性はあるのでしょうか?   


(回答)正常なヒトや野生型マウスの精子にはcytoplasmic dropletと呼ばれる少量の細胞質が若干残っています。これは射出後の雌性生殖器内を移動する際などに除去されるとよく説明されています。ここから先は完全に想像ですがcytoplasmic dropletを除去できない精子は除去できた精子よりも競争力が弱く、競争に負けて受精することは少ないのではないかと思います。ただ正常なヒトやマウスの精子にはcytoplasmic dropletを除去できる精子の方が圧倒的に多いはずなので、妊孕性という観点では影響がないと思います。
細胞質が多く残った精子が受精した胚に影響があるかについては、今回Tsks欠損精子をICSIによって未受精卵に注入しています。一般にマウスのICSIでは精子頭部を鞭毛から切り離して精子頭部のみを注入することが多いと思いますが、Tsks欠損精子では頭部を切り離すことが困難であったため、精子全体を未受精卵に注入しています。その結果、正常なマウスが生まれてきたので、おそらく受精後への影響は少ないのではないかと思っています。ただ前述のとおり、アポトーシスによりTsks欠損精子では細胞質がぼろぼろに破れているため、注入された精子には大量の細胞質は入らなかったかもしれません。

 

③今回は精子形成についての解析でしたが、卵子にもnuage構造があるようです。そこでのTsksの発現や機能はどうなっているのでしょうか?


(回答)TSKS由来nuage以外にも雄性生殖細胞内には10近くのnuageが存在しており、pi-bodyとして知られるInter mitochondrial cement以外のnuageについての機能はほとんど分かっていないと認識しています(そのためnuageイコールpi-bodyと勘違いしている論文をたまに見かけます…)。今回の発表で、TSKSは数多あるnuageの中でreticulated bodyとchromatoid body remnantの2種類のnuageの存在に重要な役割を果たしており、これらnuageの機能について明らかにすることができました。
質問にありますように卵側にもnuageが存在することが知られていますが、その機能について、直接的には調べられていないのではないかと思います(卵は専門外なので間違っていたらすみません)。卵内のTSKSについてですが、TSKSは精巣特異的に発現する遺伝子であるため、卵内には局在せず、卵内のnuageとは関係のないものだと思われます。

 

(大阪大学・橋本昌和)

 

TSKS localizes to nuage in spermatids and regulates cytoplasmic elimination during spermiation.
#Shimada K, Park S, Oura S, Noda T, Morohoshi A, #Matzuk MM, #Ikawa M.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2023 Mar 14;120(11):e2221762120. doi: 10.1073/pnas.2221762120. Epub 2023 Mar 7.