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塩見班の論文がNat Genet.に掲載されました

2023.03.06

塩見班の論文がNature Geneticsに掲載されました。

本論文は、1細胞中期から2細胞期にかけて一過的に発現するMERVL (murine endogenous retrovirus-L) の機能を明らかにしたものです。MERVLについては、2001年にLathamさんのグループが2細胞期で発現していることを初めて示したのち、2003年に京都大学の南先生が受精後の最初期に発現する遺伝子として1細胞期の中期から発現していることを明らかにしました。その際、この発現を抑制すると4細胞期への発生率が低下したとの結果も報告されていますが、それ以後はその機能に関する知見はほとんど得られていませんでした。一方、ES細胞から派生した一部の細胞がMERVLなど1~2細胞期で特異的に発現する遺伝子群を発現していることが近年になって報告されました。そこで、これらの細胞は全能性を有する”2-cell like cells”と呼ばれ、MERVLが全能性のマーカーとして広く用いられるようになりました。このような背景の元、注目度が高いのにもかかわらず長らく不明であったその機能を明らかにした本論文は画期的なものと言えると思います。

 具体的には、まずMERVLをノックダウン(KD)すると、2細胞期以降への発生率が低下することを示しました。さらに興味深い点は、MERVLはタンパク質としても発現していますが、この発現のみが抑制され核内のRNAが依然として存在している状態では、発生率の低下が見られなかったということです。したがって、核内のRNAが発生に関与しているということが示されました。次いで、MERVL KDの遺伝子発現への影響をRNA-seqで解析したところ、2細胞期で発現することが知られている遺伝子(2-cell gene)の発現量が2細胞期のみならず4細胞期にも増加していることが分かりました。また、ATAC-seqの解析において、一部の2-cell geneのTSSでATAC-seqのシグナルが検出されそれが4細胞期に見られなくなりますが、MERVL KDではそれが4細胞期を超えて8細胞期まで依然として見られることが示されました。したがって、MERVLは4細胞期になるまでに一部の2-cell geneのクロマチン構造を変化させ転写因子などへのaccessibilityを低下させることが示唆されました。最後に、MERVLの近傍にあるintergenic regionsの転写が、MERVLのKDによって減少することが分かり、MERVLがこれらの領域の転写に関与していることが示唆されました。

以上のように、MERVLはクロマチン構造の変化を通して2細胞期から4細胞期にかけての遺伝子発現の変化に関わっており、初期胚における全能性から多能性への変遷に重要な役割を果たしていることが示唆されました。したがって、本論文はZygotic gene activation(ZGA)および全能性を調節するメカニズムの解明に大きく貢献するものと思われます。

 なお研究の成果とは直接には関係しない余談として書かせて頂きたいのですが、本論文では、全体として細かいところにまで気を配って丁寧な解析を行っているという印象を受けました。例えば、遺伝子発現の解析では、RNA-seqのデータを示す前に、まず前提として全体の転写量をチェックしています。またその後のRNA-seqのデータ解析でもMERVL KDのZGAへの影響を見る前にmaternal RNAへの影響をチェックしています。これらは、ZGAの解析では重要なポイントだと思われるのですが、実際には細かい点のようにも見えるのかRNA-seqを行った多くの論文で無視されています。こうした点にも注意を払い丁寧でしっかりとした解析を行っているかどうかを、私はその論文の著者の研究に対する真摯さや誠実さ、さらにはそのデータの信頼性を推し量る1つの判断材料とさせて頂いております。


 以下に、いくつか質問をさせて頂ければと思います。今後の研究と関連があって差支えがありましたら、回答を控えて頂いて結構ですのでよろしくお願い致します。

(質問1)MERVLがZGAにおいてはどのようなメカニズムで働いているとお考えでしょうか。つまり、MERVLのRNAがダイレクトにゲノムに作用して様々なZGA遺伝子の転写に影響を及ぼしていることやMERVLが転写される際にクロマチンの構造を変化させることなどがまず考えられますが、その他の可能性としてMERVLはその下流数百キロベースまで延長して転写されることが報告されているので(本論文でも”MERVL adjacent transcript”として示されています)、その下流の領域の転写物がZGA遺伝子の調節に関与していることなども考えられます。後者のケースがあり得ると思われるのは、antisense oligoによってMERVLの転写が阻害された、あるいは本論文でも議論されている”premature transcriptional termination”によってMERVLの下流も転写されなかった可能性も否定できないからです。さらに、MERVLのKDによる発生阻害について、変異を加えたMERVLではrescueできなかった結果も後者の可能性とは矛盾しません。これらについてのお考えをお知らせ頂ければと思います。

(回答)Fig. 6aの結果から、MERVLの転写がダイレクトに2-cell geneの発現を制御 (抑制) しているとは考えにくいと思います。おそらくZGAにおけるMERVLの転写がきっかけとなり、近傍のクロマチン構造が全能性型 (Loosen) から分化型 (Well-constructed) に切り替わっていくのではないかと考えております。つまり、ZGAでは細胞の全能性獲得のため、Promiscuousな転写や主要な2-cell geneの発現も惹起されますが、それとともに全能性状態を終結させるMERVLもONにしてリプログラミング を行っていることが予想できます。

(質問2)MERVLをKDした胚のepigeneticsを解析されていますでしょうか。例えば、KDによって発現が上昇した遺伝子において、H3K9me2/3、H3K27me3、あるいはH3.1/2などがcontrolに比べて低いレベルであったかどうかなどです。もし差し支えないようでしたら教えて下されば有難いです。

(回答)大変興味深い視点であると思います。初期胚のChIP-seqに関してはかなり苦労しておりますが、現在理研IMSの井上梓先生のラボとの共同研究により解析を進めております。是非次の論文では、これらのデータを含めてさらに詳細な分子メカニズムを明らかにしていきたいと考えております。

(質問3)ATACのサンプルは2細胞期のどの時期でしょうか? ZGAの側面で考えるとき、2細胞期のどの時期かは大変重要だと思います。2細胞前期が発現のピークであるDuxやZscan4dがopenな状態になっているので、2細胞前期か遅くとも2細胞中期のようにも思えるのですが如何でしょうか。

(回答)インジェクションを行った次の日の早朝にサンプリングを行ったため (38-42 hrs. post-hCG injection)、おそらく2細胞期中期にあたると思います。

(質問4)MERVL RNAの局在から推察すると、2細胞期後期にはもう核内からほとんど排除されているので、この時期には機能していないように思われます。ということは、MERVLはminor ZGAかあるいはminor ZGAからmajor ZGAへの切り替わりの時期に機能しているという可能性はないでしょうか。つまり、前者であればpermissiveなクロマチンの形成、後者であればpermissiveからrepressiveへの切り替わり(repressiveなクロマチンの確立ともいえます)に関わっている可能性です。実際に、MERVLのKDで発現上昇する遺伝子の代表として示されているBtg2とPmaip1は2細胞初期(minor ZGAの時期)で多く発現しており、DNA複製を阻害して2細胞後期でもクロマチンを緩んだ状態のままにしておくと、その発現が著しく上昇します(私の研究室の実験結果です)。つまり、MERVLはminor ZGAからmajor ZGAへの変化を調節するメカニズムの1つであるpermissiveなクロマチンからrepressiveなクロマチンへの変化に関わっているのではないかという想像もできます。この点についてのご意見を伺えればと思います。

(回答)まさにMinor ZGAからMajor ZGAにかけてPermissiveなクロマチンをRepressiveに転換するのに寄与していると想定しております。質問1と関連しますが、MERVLの転写がゲノム広範囲なクロマチン再編成に関与していることが強く予想できるため、現在MERVL RNAと相互作用するRNA結合タンパク質やMERVL依存的なエピゲノム情報に焦点を当てて研究を実施しています。先生のラボのデータとも整合性がとれているようなので、自信をもって今後もこの仮説の検証を推進していけそうです。
 

(東京大学・青木不学)

Transcription of MERVL retrotransposons is required for preimplantation embryo development.
Sakashita A, Kitano T, Ishizu H, Guo Y, Masuda H, Ariura M, Murano K, #Siomi H.
Nat Genet. 2023 Mar;55(3):484-495. doi: 10.1038/s41588-023-01324-y. Epub 2023 Mar 2..