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深谷班の論文がNat Commun.に掲載されました

2023.02.21

遺伝子発現の制御にはエンハンサー配列が重要な役割を果たします。エンハンサー配列はそれぞれ特異的な転写因子と結合し、複数の転写因子の組み合わせ等により、細胞系譜や発生段階に応じた遺伝子発現の時空間的な制御が行われます。エンハンサー配列がターゲット遺伝子に作用するメカニズムについては、これまで主にエンハンサー配列とターゲット遺伝子のプロモーター配列がDNAループ構造を介して相互作用する事が明らかとなっており、また近年、一部のエンハンサー配列はRNAに転写され(eRNA)、eRNAがエンハンサー配列とターゲット遺伝子の複合体形成のscaffoldとして機能する事でターゲット遺伝子の発現制御に作用する可能性などが示唆されていました。しかし、エンハンサー配列のRNA転写活性そのものがどの様にターゲット遺伝子の発現に影響するのか、具体的なメカニズムは検証されていませんでした。今回、深谷さんらはショウジョウバエ初期胚を用いて、エンハンサー配列およびターゲット遺伝子の転写活性を1細胞レベルで可視化する独自のイメージング技術を駆使して、「エンハンサー配列のRNA転写活性は(同配列に結合する)転写因子量を調節する事でターゲット遺伝子発現を正負にコントロールする」 事を世界に先駆けて明らかにしました。
 
具体的な実験手法の概要は、(1) コーディング遺伝子のレポーターとしてyellow遺伝子の5'UTRに24xMS2配列を挿入し、(2) エンハンサー配列はsnail遺伝子の遠位シャドーエンハンサー配列に24xPP7配列とコアプロモーター配列を結合した構築を(1)のyellow遺伝子の下流にtail to tailで挿入したトランスジェニック系統を作成し、このトランスジェニック系統に対して (3) MCP-GFP及びPCP-mCherry(それぞれMS2、PP7配列に結合)を持つトランスジェニック系統をmaternalに交配する事で、得られたショウジョウバエ胚は(1)のレポーター遺伝子と(2)のエンハンサー配列のRNA発現活性を同時に可視化出来る様になります。実際のデータは、是非本論文の supplemental moviesを見て頂きたいのですが、2016年に深谷さんらが報告された様に(Cell,2016)、核内のGFP及びmCherryの輝点が大凡数十秒毎に点滅する「転写バースト」が明瞭に観察され、以降の実験ではこれら「転写バースト」の頻度や強度などについて、上述のレポーターのエンハンサー配列の方向や配置などを様々に改変した場合にどの様な影響を与えるかを詳細に調べておられます。
 
本論文の第一の発見は、(2)のエンハンサー配列のRNA転写がオフ(コアプロモーター配列を付加しない場合)もしくは弱い場合(コアプロモーター配列に変異を導入した場合)は(1)のレポーター遺伝子が転写バーストを示す一方、(2)のエンハンサー配列の転写活性が強い場合(後出ですがエンハンサー配列の転写産物がエンハンサー配列内の転写因子結合領域を含む場合)、(1)のレポーター遺伝子の転写バーストが明瞭に抑制される事が明らかとなりました。次に、(1)のレポーター遺伝子と(2)のエンハンサー配列が異なる相同染色体上にある場合を調べると、(1)のレポーター遺伝子の発現抑制が観察されない事から、(2)のエンハンサー配列のRNA転写産物が(1)のレポーター遺伝子のプロモーターに間接的にscaffold等として作用する可能性は低い事が分かりました。一方、(1)のレポーター遺伝子と(2)のエンハンサー配列のRNA転写の向きをtail to tail(相互の転写装置が衝突する方向)では無く、tandem(転写装置同士の衝突の可能性を排除)に並べて配置した場合、(1)のレポーター遺伝子に対する発現抑制は減弱したものの、その効果は限定的だった事から、転写装置の衝突とは異なる新たなメカニズムの存在が示唆されました。

そこで、(2)のエンハンサー配列に結合したコアプロモーターの配置を改変して、PP7配列は転写されるものエンハンサー配列自体は転写されない状態にした場合、(1) のレポーター遺伝子の発現抑制が見られなくなった一方、(2)のコアプロモーターをbidirectional化してエンハンサー配列自体の転写を回復した結果、(1) のレポーター遺伝子の発現抑制が回復した事から、「エンハンサー配列を通過するRNA転写」そのものが、ターゲット遺伝子の発現抑制に機能する事が強く示唆されました。深谷さんらはその具体的な分子メカニズムとして、「エンハンサー配列のRNA転写は同配列に対する転写因子結合を阻害する」と言う新たな仮説を提唱し、その検証の為に、(2)のエンハンサー配列に結合する転写因子であるDorsalの局在を観察しました。Dorsal-GFP融合蛋白質は転写因子のhub(転写因子の凝集体)を形成する事で超高解像顕微鏡を用いると明瞭な輝点として観察する事が出来ます。上述の(2)のエンハンサー配列の転写活性部位の輝点とDorsal-GFPの輝点を詳細に観察した結果、(2)のエンハンサー配列のRNA転写の向きがエンハンサー配列内の転写因子結合領域を通過する場合にDorsal-GFの局在シグナルが減弱する事が明らかとなりました。また、Dorsalと協調して働く転写因子であるZeldaについても実験を行った結果、やはり同様の結果が得られた事から、エンハンサー配列のRNA転写活性が同配列内の転写因子の集積に影響を与える事が示されました。

更に、内在性のエンハンサー配列で強い転写活性を持つものについて同様のメカニズムが働くか否か調べる為、Ultrabithorax遺伝子を制御するbx region enhancer(BRE)配列を選択しました。BRE配列からは内因性のRNA転写が行われますが、このRNA転写の向きはBRE配列内の転写因子結合部位とは逆方向で有る事から、BRE配列の転写活性はターゲット遺伝子の発現を抑制しないものと予想されます。そこで、BRE配列にPP7配列を結合して上記(1)と同様にMS2配列を持つyellow遺伝子の下流に配置した結果、予想通り、BRE配列からの内因性のRNA転写はターゲット遺伝子の発現を抑制しませんでした。しかし、BRE配列に更に別の新規プロモーター配列を付与して転写因子結合部位を含む新たなRNA転写を惹起すると、ターゲット遺伝子の発現が顕著に抑制されると共に、BRE配列に結合するZelda転写因子の集積も減弱する事が分かりました。また、BRE配列とは逆に、エンハンサー配列の内因性のRNA転写の向きが同配列内の転写因子結合部位を通過する遺伝子として、hairy遺伝子のエンハンサー配列を用いてRNA転写活性とターゲット遺伝子の発現量の相関を調べると、BRE配列の場合とは逆の相関(エンハンサー配列のRNA発現が強いとターゲット遺伝子の発現量が下がる)を示す事から、内在性遺伝子のエンハンサー配列では、エンハンサー配列のRNA転写の方向性に依存して、ターゲット遺伝子の発現量を正負に調節するシステムが進化の過程で獲得された可能性が示唆されました。

最後に、内在性のrho遺伝子とrho遺伝子のエンハンサーであるNEE配列に対して、それぞれrho遺伝子にMS2配列およびNEE配列にはPP7配列および新規プロモーター配列を挿入してRNA発現を観察した結果、NEE配列のRNA転写を新規プロモーター配列で強制発現するとrho遺伝子の発現が顕著に減少した事から、上述のモデルが支持されました。これらの結果から深谷さんらは、エンハンサー配列近傍にプロモーター配列が挿入される事でエンハンサー配列の活性が調節される新たな進化的なメカニズムを提唱されています。

本領域では、深谷さんはこれまでにもショウジョウバエ胚を用いた転写活性部位の高感度ライブイメージング技術を用いてコアプロモーターの機能解析等を報告されています(Nucleic Acids Res.,  2021)。個体レベルで1細胞内の1遺伝子座位のRNA発現を経時的に可視化する深谷さんの独自技術は、NGSを用いたシングルセル解析等では現状ほぼ達成出来ないレベルの強力な空間・時間分解能を持っています。今後の御仕事にも大いに期待して注目したいと思います。
 

質問
1. 今回の論文を読む際の前提として、1遺伝子座の1回の転写バーストでは大凡何分子のRNAが転写されるのでしょうか。深谷さんの Cell, 2016の論文では "several transcripts per event" と記載が有りますが、その場合 24xMS2等を考慮して数十から数百個程度のGFPの集積が経時的に可視化されると言う事でしょうか。
(回答)
現在の私たちの解析では転写産物の絶対数を算出するということは行っておりませんが、既に一部の研究グループでは転写産物量の計測が試みられています。たとえばGarciaらの結果(PMID: 34373604)によると、シロイヌナズナのストレス応答遺伝子の転写活性を24x PP7-GFPにより可視化した場合、数個から300個程度の転写産物の産生がPP7によって検出できています。ですので、その場合には数十個から数千個のGFPが集積しているということになります。

2. 1と関連しますが、転写因子hubでは大凡何分子位のGFP分子が集積する事で高解像度イメージングが可能となっているのでしょうか。現在の技術で可視化が可能な転写因子はどれ位有るのでしょうか。
回答)
1と同様の回答になってしまいますが、私たちの実験系ではまだ転写因子の絶対数を計測することは叶っておりません。内在転写因子をGFP付加により可視化した場合には、核内GFPシグナルの濃淡として転写因子の集合が観察されるため、転写因子の集合度を観察領域周辺の輝度値に対する相対輝度値として定量しました。標的領域に集合している転写因子の分子数の計測については、今後の重要な課題であると認識しています。
可視化可能な転写因子については、現在CRISPR/Cas9によるゲノム編集法が確立されているモデル生物においてはあらゆる転写因子が可視化できると考えています(もちろん、蛍光タンパク質の付加位置や可視化した転写因子の機能性の検証は必要ですが)。

3. Discussionではエンハンサー配列のRNA転写が転写活性因子ではなく転写抑止因子の結合を阻害する事で、今回の観察とは逆の作用機序(エンハンサー配列のRNA転写がターゲット遺伝子の転写バーストを増強)が起こる可能性も想定されていますが、オミクス解析からそれら遺伝子やエンハンサー配列を推定可能でしょうか(ハウスキーピング遺伝子群はこのパターンでしょうか)。
(回答)
転写抑制因子のChIP-seqデータと転写開始点を評価するオミクスデータを組み合わせ、発生過程においてノンコーディング転写の開始とともに転写抑制因子の結合度が低下しているエンハンサー領域を同定することにより推定できると考えています。
初期胚であっても常に高発現を示すハウスキーピング遺伝子に関しては、本研究においてUbx遺伝子のBRE配列に見られたように、転写因子の結合領域に対して転写開始点が背を向けていることで恒常的な転写活性化を実現しているのではないかと推測しています。

4. エンハンサー配列の転写活性を制御する配列にはどの様なものが知られているでしょうか。Super enhancerなどのエンハンサー配列が密に存在する領域では、エンハンサー配列同士の相互のRNA転写制御が存在するのでしょうか?
(回答)
エンハンサーの活性を決めるDNA上の配列としては、転写因子の結合配列やインシュレーターと呼ばれるクロマチンの立体的な相互作用制御に関わる領域が知られています。Super enhancerのような、密にエンハンサーが存在する領域でのエンハンサーから生じる転写については私たちも興味をもっている点です。エンハンサー間の相乗的な効果(PMID: 26267217)や拮抗的な効果(PMID: 33761316)は既に知られており、こうした活性化エンハンサー配列間の相互作用に互いのRNA転写制御が関わっているのではないかと考えています。

5. エンハンサー配列のRNA転写産物がpost transcriptionalに作用するかどうかの検証にrnaiやantisense oligo実験などを組み合わせる事は可能でしょうか?
(回答)
おっしゃる通り、産生されたエンハンサー配列RNAの機能をRNAiやアンチセンスオリゴによって検証することは可能です。本研究では、転写活性化している遺伝子座とは反対の対立遺伝子座からエンハンサー配列の転写を誘導することにより検証しました。

6. エンハンサー配列のRNA転写の機能について、ショウジョウバエと哺乳類の相違を議論されていますが(哺乳類ではエンハンサー配列の転写開始点の近傍に転写因子結合部位が少ない等)、その様な種差の理由や意義はどの様に考えられるでしょうか。
(回答)
ショウジョウバエおよびほ乳類ゲノムの差異として、エンハンサー領域だけでなく遺伝子領域も含めて、転写の方向性に関してショウジョウバエでは一方向性が強く、ほ乳類では両方向性が強いことが知られています(PMID: 29378788)。こうした転写方向性の違いが生じている原因はまだわかりませんが、こうした転写様式の根本的な違いにより、異なる方法でエンハンサー領域における転写の発生に対処しているのではないかと考えています。

7. 本技術を全能性研究等に導入しようとする研究者に対して何かアドバイスや注意点は有りますでしょうか(技術的にRNA転写活性や転写因子hubのライブイメージングで難しい部分など)。
(回答)
ゲノム編集技術の発達のおかげで、遺伝子転写活性をリアルタイムに観察するハードルはおおきく下がったと感じています。直接的に“見る”というのは非常に説得力もありますし、予想外の細胞間不均一性や時間的変化を見出す力もあります。興味のある方がいれば、ぜひ気軽に私たちの研究室に相談していただければと思います。
今回私たちは超解像顕微鏡を用いて転写因子の局所的な集合を観察しましたが、その過程で空間解像度と時間解像度のトレードオフに衝突してしまいました。今回の論文では時間解像度を捨て、スナップ撮影により高解像度に細胞内での転写因子の集合度の違いを定量することを選択しました。他の実験でもいえることですが、ライブイメージングにおいても、時間的ダイナミクスを見たいのか空間的な存在量を定量したいのか、はたまた、まずは経時的に可視化することで現象を理解したいのか、といった目的設定が重要だと改めて痛感いたしました。今後ライブイメージングの技術導入を考えている方は、ぜひその時間・空間解像度の最適な両立も重要視してもらえれば、と思います。
(回答:東大・浜本航多)


(京都大学・中馬 新一郎)

Dynamic interplay between non-coding enhancer transcription and gene activity in development.
Hamamoto K, Umemura Y, Makino S & #Fukaya T
Nat Commun. 2023 Feb 20;14(1):826. doi: 10.1038/s41467-023-36485-1.