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伊川班の論文がSci Adv.に掲載されました

2023.01.25

伊川班の、諸星さん、宮田さんらにより、FER1L5が、Ca2+の下流において、先体反応に必須であることを証明した論文をご紹介いたします。
受精機転には、NaやCaなどのイオンが重要な役割を担っています。精子は、卵管を通過中に成熟が進み、いわゆるCapacitationを起こします。この過程において、CaイオンやHCO3イオンが流入することにより、cAMP濃度の上昇、PKA、PKC、PKT(チロシンキナーゼ)の活性化へとつながり、精子内の様々な蛋白のリン酸化が進行します。その結果、精子のHyperactivationが起こることが明らかにされています。Hyperactivationの結果、卵管上皮から離れ、卵子へと精子は向かい始め、卵丘細胞からのシグナルも加わり、先体反応が進みます。その際、精子の先体にあったIzumoは、先体反応に伴って赤道区域に移動するとともに、Junoとの相互作用の結果、Sperm-Egg fusionが起こります。この領域の分子レベルでの仕事は、20世紀の終わりころから現在に至るまで、岡部先生、伊川先生の精力的な研究の成果と言えます。
精子先体反応におけるCaイオン依存性のexocytosisは、神経系の分泌機構と類似しているそうです。神経細胞において、Caイオン依存性に、ペプチドホルモンや神経伝達物質が分泌する際に、Vesicleと細胞膜とのfusionが起こりますが、これにSNARE(soluble N-ethyl-maleimide-sensitive factor attachment protein receptor)蛋白質群が重要な役割を果たしていることは以前から知られていました。SNARE蛋白質群の中には、先体反応に重要な分子も同定されています。今回の研究に登場するFerin familyは、複数のCa結合部位と膜貫通ドメインを一つもつ蛋白質群で、哺乳類では6種類が知られています。諸星さんらは、Caイオンと、SNARE蛋白をつなげる分子の候補として、Ferin蛋白質の中でも、不妊との関連が未解明であったFer1l4, Fer1l5、Fer1l6の3種類に着目して研究をスタートさせました。まず、この3種類のFerin蛋白質が、成体の精巣で発現しているのを確認し、ノックアウトマウスを作製しました。CRISPR-Cas9全盛の時代ですが、これら3種類の遺伝子改変マウス作製は、CRISPR-Cas9出現前であったため(つまり10年以上前だそうです)、通常のPositive/Negative selection型のノックアウトベクターを用いた遺伝子改変により得られています。シングルノックアウトマウスでは、Fre1l5のみが生殖能力の低下を示しました。Fer1l4, Fer1l6に関して、ダブルノックアウトマウスも作出していますが、それでも次世代を作りうるため、この時点で絞り込みから外れました。
Fer1l5の遺伝子欠損マウスの生殖能力は低下しますが、精巣、精子の形態学的観察では、明らかな異常は認められませんでした。この妊孕の障害の原因を探るために、正常卵子、卵丘細胞除去卵子、ZP除去卵子を用いて体外受精を試みましたが、いずれも受精は起こりませんでした。そこで、先体反応過程における異常を考え、幾つかの実験により検証を行いました。まず、先体反応時に、通常、IZUMO1蛋白が精子の赤道区域へ移動するはずですが、遺伝子欠損マウスでは起こらないことを見出しました。この表現型は、タグ付きのFer1l5を発現するTgマウスとの交配により補完することができましたが、CaイオノフォアA23187では補完することができませんでした。これらの実験から、Fer1l5欠損により起こる異常は、Caイオンの流入後のイベントである可能性が考えられました。
 さらに、先体反応に付随する、チロシンリン酸化、Hyperactivation、先体膨化の3点について検証を行いました。Hyperactivationは、鞭毛の最大屈曲角度を測定して評価しています。その結果、これらのいずれも異常が無いことが明らかとなりました。それでは、Fer1l5は、先体反応の異常のどの過程において、どのような分子機構により起こるのでしょうか。
 そこで、諸星さんらは、Family蛋白の一つ、OTOFとSNARE蛋白質群が相互作用し、蝸牛有毛細胞においてexocytosisに必要不可欠であること、Syntaxin2をはじめSNARE蛋白質群が、Caイオンを引き金とする先体反応に関与する、といったヒントから、Syntaxin2とFer1l5が相互作用するのではないかと推察し、HEK293TにそれぞれのTag付き蛋白を発現させ、特異的に結合することを証明しました。さらに、Red Body Green Sperm(RBGS)マウスを用い、Fer1l5欠損精子は、運動能は喪失せずにUtero-tubal junctionを通過し、正常に卵子に接触するところまではいきますが、卵子と接触している精子の先体の緑色蛍光は消失せずに保たれていることから、先体反応が起こっていないことを、in vivoにて証明しました。
 これらの結果から、Fer1l5は、Caセンサーとして働き、SNARE蛋白質群と相互作用することにより、先体反応に密接に関連していることが強く示唆され、Caイオン-Ca結合蛋白(Fer1l5)-SNARE蛋白(Syntaxin2)という一連の繋がりが明らかとなりました。また、マウスのFerlinのorthologの機能について、C. elegansのFER-1は、internal membranous organelleと精子の細胞質膜のfusionに関与する、D. melanogasterのMISFIREは、受精後の精子の膜崩壊に関与する、といった報告があり、進化的に機能が保存されていることが考えられました。
  

以下、質問です。
1. 今回の論文を読んで、受精能が無い精子の原因解析は、非常に多くのステップが関与しているので一筋縄ではいかないことを強感しました。今回の受精のメカニズム解析で(或いは受精のメカニズム解析一般において)、苦労した点、難しい点、時間がかかった点はどのようなところでしょうか。
受精研究に限ったことではありませんが、タンパク質の局在を明らかにすることに苦労しました。抗体作製を試みましたがうまくいかず、タグ付きのFer1l5を発現するTgマウスも作製しましたが発現量が非常に少ないようでFER1L5の局在は示せませんでした。引き続き解析を行いFER1L5の詳細な機能を明らかにしていきたいです。

2. Fer1l5は多くのCa結合部位を持ちますが、Syntaxin2との結合能は、Caイオン濃度依存性なのでしょうか。(他のFerin-SNARE蛋白などの例でも結構です。
OTOFとSyntaxin1がCaイオン濃度依存的に結合するという報告があります (PMID:17055430)。同様にFER1L5もCaイオン濃度依存的にSyntaxin2に結合するのではないかと考えています。

3. Hyperactivationにおいては、CatSperというCaイオンチャンネルが重要ですが、先体反応には関連が無いとの報告がありました。今回、解析対象となったFer1l5は、真逆で、Hyperactivationには関わらず、先体反応に必須、との結論かと思います。また、Caイオンは精子外から汲み入れられるばかりでなく、精子内にCaの貯蔵部位があり、そこから適宜利用していることも今回知りました。ということから、精子内において、局所Ca濃度の厳密な制御が行われている可能性を考えました。技術的に難しいかもしれませんが(Caイオンを可視化する手法も幾つかあるようですので)、先体のCa局所濃度を上昇させる仕組みや、タイミングについて、何か知見はありますでしょうか。
ホスホリパーゼCデルタ4 (PLCD4)を欠損した精子では、精子頭部のCa濃度が上昇せず、先体反応が起こりづらくなります (PMID:12695499)。ホスホリバーゼCはIP3を生成しますので、活性化されたIP3受容体を介して細胞内小器官からCaが放出されると考えられます。一般的には小胞体からCaが放出されますが、精子には小胞体が存在しませんので、先体自体がCaの貯蔵部位である可能性があります (PMID:15389568)。Plcd4・KO精子の解析では可溶化した透明帯やプロゲステロンによって精子頭部のCa濃度を上昇させています。近年、精子は卵子に到達する前に先体反応を起こすことが分かってきていますので、in vivoでは透明帯ではなくプロゲステロンが先体反応の誘起に関与しているのかもしれません。

4.研究の社会への還元という視点では、不妊領域の研究は非常に期待されている分野かと思います。男性不妊といっても非常に多くの機序と原因がありますが、今回の先体反応が起こらないという不妊は、顕微授精で解決しそうな気がしますが如何でしょうか。
おっしゃるように顕微授精で解決すると思います。しかし顕微授精には採卵や胚移植などが伴うため、身体的、金銭的に大きな負担が掛かります。体外で先体反応を誘起し、人工授精で治療することができればそのような負担を減らせるのではないかと思います。また、先体反応を誘起することが難しいと分かれば、人工授精や体外受精ではなく、初めから顕微授精を用いた治療を行うことで治療法の選択が早まり、治療期間の短縮ができるのではないかと考えています。
 

(横浜市立大学・大保和之)

Testis-enriched ferlin, FER1L5, is required for Ca2+-activated acrosome reaction and male fertility
*Morohoshi A, #*Miyata H, Tokuhiro K, Iida-Norita R, Noda T, Fujihara Y, #Ikawa M.
Sci Adv. 2023 Jan 25;9(4):eade7607. doi: 10.1126/sciadv.ade7607. Epub 2023 Jan 25.