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塩見班の論文がSci Adv.に掲載されました

2022.11.24

塩見班の論文がScience Advancesに掲載されました。

マウス発生過程において、着床前胚と始原生殖細胞では大規模なエピゲノムリプログラミングが生じますが、このときに転移因子(TE: transposable element)の活性は抑制されることが知られています。これまでに、始原生殖細胞では、PIWI-piRNA経路によりTEの転写あるいは翻訳が抑制され、ゲノムのインテグリティが保証されることがわかっています。一方で、着床前胚においては、どのようにTEの活性が抑制されているのかについては不明でした。今回の論文で塩見先生らのグループは、ES細胞と着床前胚において、TEの中で最もコピー数が多いL1の転移活性がTDP-43によって抑制されることを明らかにしました。

まず、L1はコードするL1 ORF1pに対するモノクローナル抗体を作製し、ES細胞に含まれる2細胞期様細胞(2CLC:2- cell like cell)、2細胞期胚、および4細胞期胚でL1 ORF1pが発現していることを確認しました。次に、2CLCから免疫沈降によりL1 ORF1pに結合するタンパク質を精製し、8つの結合タンパク質を同定しました。L1の転移をEGFPの蛍光で検出できる実験系を用いて、これらの候補タンパク質がL1の転移活性に及ぼす影響を検討したところ、TDP-43をコードするTardbp遺伝子を発現させた場合に、L1の転移活性が強力に抑制されることを明らかにしました。また、着床前胚においてTardbpをノックダウンするとL1による転移頻度が上昇すること、N末端側を欠失させたTDP-43を発現するES細胞においてL1による転移頻度が上昇すること、を示しました。さらに、TDP-43のN末端を欠失させた変異体、C末端を欠失させた変異体、RNA認識モチーフの変異体、およびNLSの変異体、を用いた解析から、TDP-43はN末端側でL1 ORF1pと結合し、C末端側で転移を抑制すること、この抑制にはRNAを介していないことを突き止めました。野生型とNLSの変異体はそれぞれ核と細胞質に局在しますが、どちらもL1の転移活性を抑制することを明らかにしました。

今回の研究成果は、着床前胚においてゲノムのインテグリティが保証される仕組みを解明するために極めて重要な発見です。また、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんでL1の転写活性の上昇、TDP-43の変異が認められることから、ALSの病態の解明にも貢献できる成果です。

 

以下、質問です。
1.    L1 ORF1pの結合タンパク質として同定したタンパク質の中で、TDP-43以外にもEif4a1やRanでもL1の転移活性が抑制されていましたが、これらのタンパク質とL1の転移抑制についての検討は行っているのでしょうか。
    翻訳開始反応や細胞核-細胞質間輸送の過程でL1が抑制されている可能性が考えられますが、Eif4aやRanの詳細なL1転移抑制機構の詳細解析は行っておりません。

2.    TDP-43のノックアウト胚は胎生致死となりますが、L1の転移活性の上昇が原因と考えていいのでしょうか。
    TDP-43は転写や翻訳、RNAスプライシング、RNAの安定性保持など、様々な機能が報告されています。L1の転移活性の上昇が胎生致死の原因のひとつと考えていますが、その他の機能が胚発生に果たす役割については検討が足りていません。

3.    Tardbpを着床前胚でノックダウンした場合に、胚盤胞のサイズ(体積)が小さくなることを示されていましたが、L1の転移活性との関連についてはどのようにお考えでしょうか。
    有害なL1転移によりゲノムが不安定化し、細胞増殖が阻害されたため胚盤胞のサイズが小さくなったと解釈しています。しかし、Q2で回答したように、TDP-43は多機能タンパク質であることから、L1抑制活性とは異なる機能が胚盤胞のサイズ決定に重要であるかもしれません。

4.    細胞内局在の異なる野生型のTDP-43とNLSの変異体がどちらもL1の転移活性を抑制するというのは驚きでしたが、TDP-43は細胞質に局在する場合と核に局在する場合で、同じメカニズムでL1の転移活性を抑制するのでしょうか?
    L1 ORF1pタンパク質の主な局在は細胞質です。L1がゲノムDNAに挿入されるためにはL1 RNAとL1 ORF1pの複合体(L1 RNP)が細胞核に移行しなければなりません。細胞核に局在するTDP-43は、核に侵入してきたL1 RNPと相互作用し、ゲノムDNAへのアクセスを阻害していると考えています。TDP-43のNLS変異体は、L1 RNPが核に移行する前から相互作用してゲノムDNAへのアクセスを阻害しているか、あるいは細胞核への侵入を阻害しているのかもしれません。免疫染色法で観察しているのはSteady stateな局在を見ているだけなので、実際にはTDP-43はダイナミックに核と細胞質の間をシャトルしているのだと思います。

(長浜バイオ大学・中村肇伸)

TDP-43 safeguards the embryo genome from L1 retrotransposition.
Li TD, #Murano K, Kitano T, Guo Y, Negishi L, #Siomi H.
Sci Adv. 2022 Nov 25;8(47):eabq3806. doi: 10.1126/sciadv.abq3806. Epub 2022 Nov 23.