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塩見班の論文がNucleic Acids Res.に掲載されました

2022.11.15

塩見班から大学院生の竹内さんの論文が、Nucleic Acid Researchに掲載されました。

この論文では、塩見さんのグループは、本領域の深谷班と協力して、ショウジョウバエのテロメアを制御する分子メカニズムを明らかにしました。テロメアは、直線状のゲノムを持つ生物の染色体の両末端にある特殊なクロマチン領域です。テロメアは、染色体末端を保護するという重要な役割を持っていて、細胞老化制御との関連も示されています。酵母やヒト細胞などのモデル生物では、テロメアは単純な短いDNAのリピート配列によって形成されており、そのリピートのサイズはテロメラーゼというと酵素によって調節されます。このようなテロメアの構造や制御は、進化的に離れた酵母やヒトで保存されていることから、一般的であると一見思えそうですが、今回のモデルであるショウジョウバエのテロメアはちょっと違います。いや、ちょっとどころではなく、ハエのテロメアには短いDNA反復配列は存在せず、そのかわりにテロメア特異的なレトロトランスポゾンのリピートが、染色体末端のテロメア領域を形成しているのです。このようなユニークなテロメアがどのように制御されているかについては、多くがまだ謎に包まれています。

ショウジョウバエのテロメアにおけるメジャーなトランスポゾンはHeT-Aです。HeT-Aは、生殖細胞系列では、PIWI-piRNA経路やヘテロクロマチンによって抑制されています。しかし、塩見さん達の以前の研究から、卵母細胞を囲む体細胞である濾胞細胞 (follicle cells) や、そこから確立されたovarian somatic cells (OSCs) では、HeT-Aの抑制に、PIWI-piRNA経路やヘテロクロマチンが必要でないことがわかっていました。さて、そうすると、このような体細胞ではどのように、テロメアのレトロトランスポゾンが抑制されているのでしょうか。

この謎に迫るために、塩見班の竹内さん達は、まず、ChIP-Atlasを使って、HeT-Aに結合するタンパク質候補を探索しました。得られた候補に対して、siRNAスクリーニングをしたところ、候補の一つのMod(mdg4) がOSCsでHeT-Aの抑制に関わっていることが明らかになりました。ところが、このMod(mdg4) には31個ものバリアントがあって、そのほとんどがOSCsで発現しています。そこで、竹内さん達は、これらバリアントにたいしてもノックダウンスクリーニングを行い、バリアントN (Mod(mdg4)-N) が、HeT-Aの抑制にとくに効いていることを明らかにしました。さらに、このMod(mdg4)-Nをin vivoでノックアウトすると、卵巣内の濾胞細胞で、HeT-Aが脱抑制されました。この結果は、卵巣内の体細胞においても、OSCs同様に、Mod(mdg4)-Nがテロメアのレトロトランスポゾンの抑制に必須であることを示しています。また、Mod(mdg4)-Nノックアウトの雌は不稔であったことから、今回着目したMod(mdg4) バリアントは、ハエの生殖能に重要でした。

ハエの優れた遺伝学により、Mod(mdg4)-NがHeT-A抑制のキーファクターであることを見出した竹内さん達は、次にその分子メカニズムに迫っていきます。Mod(mdg4)-Nバリアント特異的なChIP-Seqを行うと、Mod(mdg4)-Nは、テロメアのHeT-Aに加えて、テロメア近傍のサブテロメア領域に存在するtelomere-associated sequences (TAS)-Rリピートにも結合していました。Mod(mdg4)-N がこれらの領域を介してHeT-Aを抑制していることが示唆されます。興味深いことに、竹内さん達は、OSCsにおいてTAS-Rにエンハンサー活性があることを、既存のデータベースの再解析から見つけました。これまでに、Mod(mdg4) の他のバリアントが、インシュレータとしてエンハンサーを阻害することが知られていたことから、竹内さん達は、Mod(mdg4)-Nバリアントがテロメア近傍にあるTAS-Rのエンハンサーを阻害することで、HeT-Aの発現を抑えているのではないかと考えました。

このアイデアの検証には、深谷班のライブセルイメージング技術が大きな力を発揮します。深谷さんのシステムでは、ハエの初期胚で転写を可視化することで、リアルタイムなエンハンサー活性を定量的に解析することが可能です。その解析の結果、竹内さん達はTAS-Rリピート配列が、エンハンサー阻害活性を持つことを見出しました。さらに、OSCsでも転写レポーターアッセイ系を構築し、TAS-Rリピート配列によるエンハンサー阻害に、Mod(mdg4)-Nが重要であることも示しました。これらの結果は、Mod(mdg4)-NがTAS-Rリピートと結合することで、テロメア近傍にあるTAS-Rエンハンサーを阻害していて、それによりテロメアトランスポゾンHeT-Aを抑制するというアイデアを強く支持するものとなりました。

竹内さん達は、Mod(mdg4)-Nの作用機序について、さらに踏み込んでいきます。そのために、RNAポリメラーゼII (Pol II) に注目しました。それは、過去の報告で、Pol IIが、プロモーター近傍で一時停止 (pausing) すると、そこに蓄積したPol IIがインシュレータと結合することが示されているからです。TAS-Rの配列をくわしく見てみると、そこにはプロモーター配列があり、また、TAS-Rリピートに、Pol IIがMod(mdg4)-N依存的に蓄積することが、Pol IIのChIP-Seqより明らかになりました。さらに、OSCsを用いて転写レポーターアッセイを行うと、TAS-Rのプロモーター配列が、TAS-Rのエンハンサー阻害活性に関与していました。これらの結果から、Mod(mdg4)-NがTAS-RリピートにPol IIを蓄積させることで、そこにあるエンハンサー活性を阻害し、テロメアのHeT-Aレトロトランスポゾンを抑制するということが示されました。

今回の論文は、ハエの優れた遺伝学と、ゲノムワイドな解析や洗練されたライブセルイメージングとを組み合わせることで、テロメアのレトロトランスポゾン制御の新規メカニズムと、その生物学的重要性を明らかにしました。その過程で、仮説をひとつひとつ丁寧に検証して、謎が解かれていく様子は、ミステリー作品のようで面白く読むことができました。最後にいくつか質問です。

1) HeT-Aの結合タンパク質として、Mod(mdg4) の他にもインシュレーター因子がありましたが、それらは、RNAiの結果、HeT-Aの抑制に必須でありませんでした。Mod(mdg4)-N依存的なTAS-Rリピートによるエンハンサー抑制には、Pol IIに加えて他のインシュレータ因子も機能しているのでしょうか。TAS-R特異的な結合タンパク質があるのかなと思いました。
(回答)
原先生、まずは素晴らしい解説をありがとうございます。
Mod(mdg4)-Nの遺伝子発現への影響がテロメアにほぼ限定される事を踏まえると、おそらく、サブテロメアでMod(mdg4)-Nと共に働いて、その効果を発揮させるタンパク質等の因子は存在するのであろうと考えています。その因子を探そうと、Mod(mdg4)-Nの相互作用因子の探索等は行ったのですが、現状ではMod(mdg4)-N、そしてその下流のPol IIの制御、という所までが分かっている所です。

2) Mod(mdg4)-Nをノックアウトすると、HeT-Aの脱抑制が後期の濾胞細胞に特異的に起こるのはなぜでしょうか。また、論文中でも少し触れられていましたが、Mod(mdg4)-Nノックアウトがどのように後期濾胞細胞の異常を引き起こすのでしょうか。HeT-Aの脱抑制が関与しているとしたら、どのようなことを考えておられますか。
(回答)
サブテロメア/テロメア領域におけるクロマチン状態の変化が重要なのではと考えております。今回、OSC細胞ではサブテロメア/テロメア領域はヘテロクロマチンの集積が見られないということを既報データの再解析から示しましたが、この領域は組織によってかなりクロマチンの状態が異なる事が知られています。例えば、サブテロメアについては、H3K27me3の集積(PMID:12750332)、もしくはH3K9me3の集積(PMID: 30001204)という異なる抑制メカニズムが異なる組織で働いていたりする一方、HeT-Aが野生型の一部組織で発現したり(PMID:24733842)するので、このサブテロメア/テロメア領域のクロマチン状態は組織・細胞種特異的に様々なパターンを取りうると考えております。後期濾胞細胞におけるサブテロメアのクロマチン状態がOSCに近いのではと考えていますが、この辺りの個体と培養細胞の厳密な対応づけとそのメカニズムは、今後の課題であると考えています。

3) サブテロメア領域にTAS-Rリピートを持たない染色体末端もありますが、そこでは、どのようにテロメアのレトロトランスポゾンが制御されているのでしょうか。
(回答)
ChIP-seqのデータを見てみると、TAS-L (2L、3L領域のサブテロメア)にはH3K27me3が集積しているのが確認できることから(Mod(mdg4)-Nが結合するTAS-RにはH3K27me3の集積は見られません)、例えばポリコーム依存的な制御がある可能性も考えられます。また、TAS-Lにはエンハンサー活性がなく、HeT-Aレトロトランスポゾン自身のプロモーターの転写活性も強くないことから、TAS-Rのないテロメア領域の発現は抑制機構がなくても低レベルに抑えられているのかもしれません。

4) テロメアのレトロトランスポゾンの制御には、生殖系列のPIWI-piRNA経路やヘテロクロマチンによる抑制とか、今回の濾胞細胞におけるMod(mdg4)-N依存的な抑制、おそらく他の体細胞では異なる制御があるのだと思います。論文中でも、そのことについて議論されていましたが、興味深いのでもう少し詳しく教えてもらえませんか。また、なぜそのような多様な制御があるのか、その意義についてお考えがあればこちらについても教えてもらえると嬉しいです。
(回答)
テロメアのレトロトランスポゾンの制御には、私たちが今回報告した特に濾胞細胞で重要なMod(mdg4)-N依存的な制御、および生殖細胞におけるPIWI-piRNAによるヘテロクロマチン形成を伴う制御、これらに加えてWocやHmrといった転写因子による制御が主要であることが知られています。これらを含む知見の蓄積は、基本的に生殖細胞における発現制御についてのみの記載で、体細胞における制御機構については知られていない状況です。一方で、細胞周期依存的にHeT-Aの発現が変わる(PMID: 24733842)という報告もあるので、体細胞におけるHeT-Aの発現制御を可能にする未知のメカニズムも存在すると考えています。

この様な多彩な制御機構が存在する意味については、私としても色々思うところがありますが、重要な点はトランスポゾンが宿主にとって敵なのか、そうでないのかという事だと思います。例えば、哺乳類等におけるKRAB-ZFP等はヘテロクロマチン形成を誘導する事により、Ubiquitousに強力なトランスポゾン抑制を引き起こします。しかし、おそらくショウジョウバエのHeT-A等のある程度、機能的なレトロトランスポゾンに対してUbiquitousで不可逆的なヘテロクロマチン依存的な制御を起こすと、必要な時に発現させる事ができなくなり、それが宿主にとって不利になるからなのではないかと考えています。発現レベルやタイミングについて細やかな制御を可能にするために複数の制御機構が存在しているというのが(推測の域を出ませんが)現在の印象です。
少し話を広げると、例えばマウスES細胞を用いた研究でも、ヘテロクロマチンによる制御下には無いが発現量が低いトランスポゾンには、2細胞期特異的なMERVLを含めて様々な種類が存在する事が知られています (PMID: 30604769、23353788)。今回はインシュレータータンパク質による制御という例を示しましたが、この様な多彩な制御メカニズムを持つ事によって、何らかの機能をもつトランスポゾンの発現量とタイミングを絶妙に制御し、それが宿主の益になる、というのが幅広い生物種で起こり得るのではないかと想像しております。この点については、Cédric Feschotteの研究室から出ているレビュー(PMID: 31481535)が非常に良く纏まっており、参考になると思います。
(回答:慶應大・竹内力)


ご回答ありがとうございました。進化的な視点からもとても興味深い仕事で、お聞きしたいことが尽きません。今度お会いしたときにぜひいろいろ教えてください。

(大阪大学・原昌稔)

Mod(mdg4) variants repress telomeric retrotransposon HeT-A by blocking subtelomeric enhancers.
Takeuchi C, Yokoshi M, Kondo S, Shibuya A, Saito K, Fukaya T, #Siomi H, #Iwasaki YW.
Nucleic Acids Res. 2022 Nov 11;50(20):11580-11599. doi: 10.1093/nar/gkac1034.