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岡江班の論文がNat Commun.に掲載されました

2022.06.13

 岡江さんのヒトES細胞の胎盤幹細胞様細胞への分化のメカニズムの論文がNature Communicationsに掲載されました!紹介文では、この論文の凄さが十分に紹介しきれていませんので、是非オリジナル論文を読んでいただければと思います。

 全能性をもつ受精卵の最初の運命決定として内部細胞塊 (ICM)と栄養外胚葉(TE)へ分化し、ICMはさらに、胎児となる胚盤葉上層(エピブラスト)と卵黄嚢となる原始内胚葉となり、TEは胎盤となります。ヒトおよびマウスの胚性幹細胞(ES)はICMおよび胎盤幹細胞(TS)はTE細胞から誘導されますが、マウスのナイーブ型ES細胞は、TE特異的転写因子の誘導によりin vitroでTS(mTS)細胞へ分化転換することができ、ヒトナイーブ型ES(hES)細胞は、trophoblast stem-like(hTSL)細胞に自然分化します。一方、プライム型hES細胞がtrophoblast細胞に分化できるかどうかは、まだ議論の余地があります。
 まず岡江さんは、プライム型hES細胞からナイーブ型へ変換したhES細胞からhTSL細胞へ分化誘導したhTSLnaïve、プライム型hES細胞からBMP4により誘導したhTSLprimed細胞を樹立しました。いずれもtrophoblast細胞のマーカーを発現するものの、hTSLprimed細胞は増殖能とextravillous cytotrophoblast(EVT)とsyncytiotrophoblast like細胞(ST)への分化能が、hTSやhTSLnaïve細胞よりも劣っていることを見出しました。
 ヒトtrophoblast細胞は、グローバルなメチル化低下や胎盤特異的な生殖細胞系列特異的メチル化領域(placenta-specific germline differentially methylated regions, gDMR)のユニークなDNAメチル化特性を有しています。遺伝子発現解析やwhole-genome bisulfite sequencing (全ゲノムバイサルファイトシーケンス, WGBS)など網羅的解析を実施し、hTSLprimed細胞のみで高メチル化が認められた4つ(C19MC、KLHDC10、SLC4A7、FAM50B)のgDMRの中からC19MCに注目して解析を進めました。C19MC DMRはヒトのchr19q13に位置し、46のmiRNAを含む約100kbの大きな霊長類特異的miRNAクラスターのプロモーターとして機能し、母方インプリントにより父方発現し、その発現は胎盤にほぼ限定されています。また以前、岡江さんは、C19MC DMRのアレル特異的メチル化がhTS細胞で維持されていることを明らかにしています。 miRNA-seqにより、hTSLprimed細胞ではほとんどmiRNAを発現していないこと見出した一方、ChIP-seqによりhas-mir- 520hと-521の間に新規プロモーターが存在する可能性を見出しました。また、hTSLprimed細胞で高発現しているmiRNAは、すべて推定された新規プロモーターの下流に位置していました。
 そこでC19MCがhTS細胞の増殖と分化への必要性を調べるため、CRISPR/Casを用いてC19MC DMR欠失hTS細胞株を樹立しました。これらの細胞では、母方アレル欠損hTSΔm/+細胞は父方アレルが低メチル化され、父方アレル欠損hTS+/Δp細胞は母方アレルが高メチル化されていました。hTS+/Δpと両アレル欠損hTSΔm/Δp細胞では、C19MC DMRと推定された第2のプロモーターの間にある(クラスI)miRNAの発現レベルは、hTS細胞やhTSΔm/+細胞よりもかなり低下していましたが、推定された新規プロモーターの下流にある(クラスII)miRNAの発現の減少は比較的緩やかでした。さらにこれらの細胞は、hTSLprimed細胞と同様、極めて低い増殖率を示し、EVT様細胞への分化が著しく損なわれ、ST様細胞への分化効率も低く、少量のhCGしか分泌しませんでした。この事から、C19MCはhTS細胞の正常な増殖と分化に必須である事が明らかとなりました。また興味深いことに、プライム型hES細胞のC19MC DMRを完全に欠失させると、ナイーブ型hES細胞へ変換できずC19MCがプライム状態からナイーブ状態への移行に必要である可能性が示されました。
 次に、C19MC DMRを脱メチル化したプライム型hES細胞株をhTSL細胞(hTSLC19MC細胞)に分化させると、クラスI miRNAが高発現すること、hTSLC19MCクローン株はhTS細胞と同程度の高い増殖率、EVT分化能を示し、hCG分泌量が3〜4倍少なくなるもののST様細胞へ効率的に分化する能力を再獲得することを確認しました。
 更にプライム型hES細胞から得られたhTSLprimed細胞を脱メチル化させたhTSLprimed-C19MC細胞では、35.9%がC19MC陽性なるもののEVTやST様細胞にはほとんど分化せず、増殖能も低いままで、hTSLprimed細胞誘導後のC19MC再活性化では、その増殖能や分化能を回復しない事を明らかにしました。
紙面の都合上、詳細は割愛してしまいましたが、岡江さんは、C19MC不活性細胞でC19MCの標的の絞り込みも行っております。岡江さんは、近いうちにC19MC不活性細胞の細胞増殖能低下、EVT様細胞への分化能低下の責任遺伝子を見つけると期待しております。

(実験動物中央研究所・佐々木 えりか)


以下質問です。

1.FISHの結果では、遺伝子発現プロファイリングや細胞増殖能および分化能がhTSと同等であったhTSLnaïve細胞ではC19MCがインプリントされていない(シグナルが2つある)ようですが、maternalのC19MC DMR発現が抑制されなくてもトロフォブラスト系列への分化、細胞の表現型に問題はないのでしょうか。

→hTSLnaïve細胞におけるC19MCのインプリンティングの喪失(LOI)につきまして、増殖能や分化能に明らかな異常は見られませんでしたが、未確認の悪影響がある可能性は否定できないと考えています。

2.C19MC DMRを脱メチル化しC19MCを再活性化したhTSLC19MCクローンは、EVTやST様細胞へ効率的に分化する能力があり、hTSおよびhTSLnaïve細胞と同様のトランスクリプトームプロファイルを有するにもかかわらず、hCG分泌が3〜4倍少なく、細胞周期関連遺伝子の発現など、ST-hTSLC19MC細胞の成熟が不十分であることが示唆されていますが、C19MCは、EVTやST様細胞への分化には深く関与するもののhTSやhTSLの成熟に関わるメカニズムは別にあるということでしょうか。

→はい、そのように思います。ただ、hTSLC19MC細胞から誘導したST細胞(ST-hTSLC19MC)の成熟異常は軽微なものです。そのため、プライム型ES細胞に由来するhTSL細胞の増殖・分化異常は、C19MCの抑制によってほぼ説明できると考えています。

3.プライム型hES細胞のC19MC DMRを欠失させたヘテロ接合型(hES+/Δ)のナイーブ化の際、hESmΔ/+とhES+/pΔとではナイーブ化の効率、増殖速度、形態などの差はありませんでしょうか。

→使用したhES細胞の父母アレルの情報を入手できなかったため、残念ながらhESmΔ/+とhES+/pΔを区別して解析することはできませんでした。

4.着床前ヒト胚エピブラストではC19MCは発現しているのでしょうか。C19MCがプライム状態からナイーブ状態への移行するとき、プライム型hES細胞からhTS細胞への移行するときに必要である可能性について言及されていますが、in vivoでそのような現象が起きることはありますでしょうか。

→重要なご指摘をどうもありがとうございます。着床前ヒト胚エピブラストでC19MC DMRが中程度にメチル化されている(おそらくインプリントを受けている)ことは確認していますが、C19MCが発現しているかどうかは分かっていません。また、エピブラスト系列でC19MC DMRが高メチル化状態となる時期も不明です。そのため、今回の発見がin vivoでも起きるかどうかについてはまだよく分かりません。今後の研究、特にサル胚を用いた研究の進展に期待しています。


The microRNA cluster C19MC confers differentiation potential into trophoblast lineages upon human pluripotent stem cells.
Kobayashi N, #Okae H, Hiura H, Kubota N, Kobayashi EH, Shibata S, Oike A, Hori T, Kikutake C, Hamada H, Kaji H, Suyama M, Bortolin-Cavaillé ML, Cavaillé J, #Arima T.
Nat Commun. 2022 Jun 2;13(1):3071. doi: 10.1038/s41467-022-30775-w.