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井上班の論文がGenes Dev.に掲載されました

2022.05.02

井上梓さんらのH3K27メチル化による非典型的刷り込みに関する論文がGenes & Developmentに掲載されました!

井上梓さんはYi Zhang研に留学中に、新規のゲノムインプリンティング機構を発見しました。すなわち、マウスの卵の成長過程でデポジットされたH3K27me3の一部は受精後も残存し、次世代における母親由来染色体の遺伝子の発現抑制に貢献することを証明しました(Inoue et al., Nature 2017)。これはDNA メチル化に依存した典型的なゲノムインプリンティング機構と異なるため、非典型的ゲノムインプリンティングと呼ばれています。そして帰国してからは、非典型的インプリンティングにおけるPolycomb複合体の役割を明らかにしました。卵の成長過程に起きるゲノムインプリンティングドメインの形成には、PRC1によるH2AK119のユビキチン化がPRC2によるH3K27のトリメチル化に先行することを証明しました(Mei H et al., Nat Genet 2021)。また、PRC2複合体の必須コンポーネントのひとつであるEedを欠損させた卵子を受精させてできたマウス胚(Eed-matKO胚)を使い、H3K27のトリメチル化による非典型的ゲノムインプリンティングの生理学的な意義を明らかにしました(Inoue et al., Genes Dev 2018)。Eed-matKO胚は、着床後の胚の発生遅延、過半数の胚の胎生致死、生存胚における胎盤の過形成などのさまざまな表現型を示します。Eed-matKO胚では、母親アレルにおける非典型的ゲノムインプリンティング遺伝子の発現抑制が解除されていましたが、上述したEed-matKO胚のさまざまな表現型がどの遺伝子の両親性発現に起因するのかは不明でした。
そこで井上さんは今回、的場章悟さん擁する小倉班との共同研究により、この疑問に挑戦しました。井上さんらは9つの非典型的インプリンティング遺伝子に着目し、それを片親性発現に戻したときにEed-matKO胚の表現型がレスキューされるかどうかを検証しました。まずは卵子でEedとXistを双方欠損させてできた受精卵に由来する胚(Eed/Xist-matDKO胚)の発生を調べたところ、Eed-matKO胚でみられる着床後の発生遅延と、産仔までの生存率が大きく改善しました。井上さんは以前、Xistのインプリンティング破綻による母方X染色体の不活性化が着床前でのみ起きることを示しています(Inoue et al., Genes Dev 2018)。このことは、着床前に起きたX染色体上の遺伝子の発現低下による影響が、(X染色体上の遺伝子発現が正常に戻ったにも関わらず)のちのちの発生過程で現れてくることを意味しています。少々複雑な話ですが、遺伝子発現の異常と表現型の顕在化のタイムラグがどのようにして生じるのか、私にとって非常に興味深かったです。
Eed-matKO胚の着床後の発生停止の原因が明らかになった一方で、Xistの変異導入では胎盤の過形成は改善されませんでした。そこで井上さんらは胎盤過形成の原因遺伝子を同定するため、Eed/Xist-matDKO胚に残り8個の非典型的インプリンティング遺伝子の片親アレル変異を導入しました。その結果、胎盤で高発現するマイクロRNAクラスターであるChromosome 2-miRNA cluster (C2MC)、アミノ酸トランスポーターであるsolute carrier 38 member 4 (Slc38a4)、機能未知遺伝子のGm32885のそれぞれの欠損により、胎盤過形成の改善が認められました。その他の5個の刷り込み遺伝子の欠損では、表現系はレスキューされませんでした。
この論文紹介で、井上さんのあくなき探求心と良い意味での執念深さをひしひしと感じました。C2MC、Slc38a4、Gm32885の両親性発現がどのように胎盤過形成を引き起こすのかがとても興味深いのですが、井上さんは既にそれにも着手していることと思います。

(阪大生命機能 立花 誠)
 

最後に私からの質問です。
1.    Eed-matKO胚の一部は無事に生まれて成体になるとのことですが、胎生致死と無事生まれるのでは天と地の差があります。その違いは一体何なのでしょう?
2.    DNAメチル化やH3K27トリメチル化以外のゲノムインプリンティング機構(典型でも非典型でも無いので、異次元インプリンティングとでも名付けましょう)はあると考えていますか?
3.    1.とも関連がありますが、Eed-matKO胚の胎生致死はX染色体上の特定の遺伝子で説明可能でしょうか?


1. 論文紹介&ご質問ありがとうございます。Eed-matKO胚だけを観察しているときは、異常な母方X染色体不活性化のレベルが個々の胚で異なるために致死度合いが胚間で異なるのではないか、と思っていました。しかし、今回、X染色体不活性化を完全に正常化させたEed/Xist-matDKO胚を作製してわかったのが、この胚においても一部(25%程度)は着床後に胎生致死することです。これはつまり、Xistのインプリンティング破綻以外にも「胎生致死」と「無事生存」を決める要因があることを示唆しています。その正体は現時点では不明です。今後、Eed/Xist-matDKO胚に対してさらに操作を加えることで発生を完全に回復させることができれば、この質問に答えられるのだと思います。

2. 着床前胚では、あると思います。というのも、Eed-matKO胚(非典型インプリンティング破綻胚)、DNMT3L matKO胚(典型インプリンティング破綻胚)、どちらにおいても父性アレル発現を維持する遺伝子群があるためです。しかし、これらの遺伝子は着床後には刷り込み発現しない(=両アレルから発現する)ので、異次元インプリンティング機構があったとしても着床前胚に限定的だと思います。

3. Eed-matKO胚では100個以上のX染色体上遺伝子が発現低下してしまっているので、その中に特定の原因遺伝子があるのか、多くの遺伝子の複合的な影響かは分かりません。簡単に発現回復スクリーニングみたいなことができればやる気も起きるのですが・・。

(理化学研究所 井上梓)

Noncanonical imprinting sustains embryonic development and restrains placental overgrowth.
Matoba S, Kozuka C, Miura K, Inoue K, Kumon M, Hayashi R, Ohhata T, Ogura A, Inoue A.
Genes Dev. 2022 Apr 1;36(7-8):483-494. doi: 10.1101/gad.349390.122. Epub 2022 Apr 28.
理化学研究所ニュースリリース
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