2022.02.04
大日向さんらの原始内胚葉幹細胞の論文が Science に掲載されました!
マウスにおいては、すでに epiblast系幹細胞のES細胞、trophoblast 系幹細胞のTS細胞、そして原始内胚葉系幹細胞の XEN(extraembryonic endoderm)細胞が報告され、それぞれが発生学研究における in vitro モデルとして広く用いられています。そのうちでもES細胞とTS細胞は、近年、幹細胞としての品質が大きく改善されています。すなわち、ES細胞については2つの阻害剤(2i; GSK3阻害剤およびMEK阻害剤)によるground state naive化、そしてTS細胞は大日向さんご自身による2014年のWnt阻害剤などによる無血清培養化です。しかしながらXEN 細胞は、2005年の Kunath らの報告からほとんど改良が行われておらず、低キメラ形成能と壁側(parietal)内胚葉への偏った分化という傾向が残っていました。
そこで大日向さんは、まず胚盤胞由来の原始内胚葉の培養条件の至適化を行いました。血清の有無、成長因子、阻害剤などを組み合わせて培養することにより、GSK3阻害剤CHIR99021の添加が重要であり、FGF4とPDGF(血小板由来成長因子)がポジティブに働く一方、MEK阻害剤PD0325901はネガティブに作用することを明らかにしました。最終的に、CHIR99021を10 µMに高め、これらの成長因子を加えた無血清のC10F4PDGF培養液を完成させ、これにより樹立した幹細胞をprimitive endoderm stem cells (PrESCs)と名付けました。
Single cell RNA-seq 解析により、PrESCは、ES細胞、TS細胞、そしてXEN細胞とは異なる均一の集団であることが明らかになりました。さらに3.5日および4.5日の内細胞塊(ICM)も含めてクラスタリング解析を行ったところ、PrESCは原始内胚葉マーカーであるGata4やGata6を発現し、さらにXEN細胞では発現していない多能性マーカーPou5f1(Oct4)とCdh1(E-cadherin 遺伝子)を発現していることがわかりました。この発現パターンは、ICMおよび原始内胚葉とも共通していますので、PrESCは、XEN細胞よりも未分化の株化細胞であることが示唆されました。
次に胚盤胞への注入によるキメラ形成能を観察しました。18時間の in vitro 解析では、分布がランダムな XEN由来細胞に対し、PrESC由来細胞は原始内胚葉層に限局して分布しました。さらに in vivo における分化では大きな差が見られ、XEN細胞が一部の壁側内胚葉のみに分布する一方で、PrESC細胞は壁側および臓側内胚葉へ寄与していました。このPrESCの分化能力は、PD0325901処理により原始内胚葉分化を阻害した胚盤胞への注入実験(complementation assay)でさらに顕著になり、原始内胚葉由来組織すべてがPrESC由来細胞で置き換わり、さらに産子が産まれてくるという結果になりました。XEN細胞の注入ではすべての胚が途中で死滅していました。このように書くとシンプルになってしまいますが、この結果を得るために大日向さんは、249個もの胚を使ってSox17(+) 細胞をカウントしています!
最後に大日向さんは、ES細胞、TS細胞、PrESCの3つの幹細胞を用いた疑似胚作出実験、いわゆるblastoidの作出に挑戦します(大日向さんは3つの幹細胞の名前からETP complexと名付けています)。ETP complexは胚盤胞様の構造を作り出し、single cell RNA-seqにより、その構成細胞は、3つの幹細胞由来の分化細胞が同定されました。PrESC由来の細胞からは、壁側および臓側内胚葉様の細胞が同定されました。さらにこの ETP complexをマウス子宮へ移植したところ、見事に7.5日の壁側および臓側内胚葉様の構造が形成され、幹細胞のみからなる胚の発生を支えていることが証明されました。
本論文は、タイトルにありますように、初めて高品質なPrESC が樹立されたことを報告したものです。卵黄嚢胎盤を含む胚体外内胚葉がいかに分化し、初期発生や造血能を支えるかという大きな課題を解決するための幹細胞がついに樹立されました。まさに Science誌にふさわしい成果です。そして、今後、多くの方の興味と期待は、幹細胞のみから胎児や産子が得られるかということに向けられ、この分野の競争がさらに激化すると予想されます。大日向さんが引き続き、トップランナーとして活躍されることが期待されます。本領域も大日向さんがこの成果をさらに発展されますよう、できるだけの応援をしたいと思います。
質問
1.XEN との相違は、pluripotent marker であることがカギだと思いますが、ここに含まれているのは、Oct4 と Cdh1 だけで、Sox2や Nanog は含まれていないようです。この差は何を反映しているのでしょうか。もともと原始内胚葉はそのような発現パターンなのでしょうか。
図2cに示した結果が分かりやすいと思うのですが、PrESCにおいては全ての多能性マーカーの発現が見られる訳ではありません。そしてこのパターンはE4.5胚の形成直後のPrEと良く似ています。一方XENCにおいては多能性マーカーの発現は殆ど見られず、内胚葉マーカーの発現パターンもPrEとは異なっていました。従ってOct4とCdh1等の一部の多能性マーカーの発現が見られる現象はPrEの性質を引き継いでいると考えられます。
2. 今回の complementation assayで、PrESCはほぼ完全に原始内胚葉と置換できる能力があると考えられますが、これで完全形とお考えでしょうか。何かまだ改善点はありますでしょうか。
SFig4に示しましたが、全てのPrE系列が補完された胚が得られていることを確認しています。従ってPrESCによる胚盤胞補完はこれで決着がついたと考えていますが、現在、ESC、TSCを合わせて用い、受胎産物の全てを幹細胞に置き換えることができないか検討しています。
3. ETP complexが in vivo の発生が途中で止まってしまうようですが、これは何が足りないと考えられますか(おそらく重要な問いだと思いますので、差し支えの無い範囲の回答でかまいません)。
今回、我々はPrE系列のソースであるPrESCの樹立に成功しましたが、胚の再構成のためには、それ以外にも解決しなければならないであろう問題が複数考えられます。例えば、TSCの質の問題です。PrESCだけでなく、その他の問題も合わせて解決した先に、機能的な胚の再構成が実現できるかも知れないと考えています。
(理化学研究所・小倉淳郎)
Establishment of mouse stem cells that can recapitulate the developmental potential of primitive endoderm.
#Ohinata Y, Endo TA, Sugishita H, Watanabe T, Iizuka Y, Kawamoto Y, Saraya A, Kumon M, Koseki Y, Kondo T, Ohara O, Koseki H.
Science. 2022 Feb 4;375(6580):574-578. doi: 10.1126/science.aay3325. Epub 2022 Feb 3.