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小倉班の論文がGenes Dev.に掲載されました

2022.01.18

小倉班の論文がGenes and Developmentに掲載されました。

胎盤は妊娠期間中のみ機能する唯一の臓器であることから、‘胎盤らしさ’を創り出す何らかの仕組みがあるのではないかと、小倉さんと羽田政司さん(現東大定量研)は考えました。先ずマウス胎盤幹細胞(mTSC)ゲノムを調べたところ、他の細胞種では見られない1Mbを超える長大なH3K9me3ドメインが多数存在し、ヒストンバリアントH3.1/H3.2と良くオーバーラップすることを見出して、THD(TSC-defined highly heterochromatinized domain, THD)と名付けました。続いて、THDは、LINE/L1などのレトロトランスポゾンが存在するゲノム領域と良くオーバーラップしていること、ATAC-seqやHiC解析を駆使することによってTHDが高度に安定なクロマチンであることや、THD同士が相互作用することを小倉さんらは見出します。

 これまでの小倉さんの研究により、初期胚ではH3.1/H3.2がH3K9me3の蓄積に重要であることが分かっていたため、H3.1/H3.2とH3K9me3ドメインの関係性を調べました。H3.1/H3.2をクロマチンに組み込むシャペロンCAF-1のlarge subunitであるP150をmTSCでノックダウンしたところ、H3.1/H3.2とH3K9me3のシグナルが減弱したことから、H3.1/H3.2がH3K9me3ドメインの維持に重要であることが分かりました。さらに、P150単独ノックダウンではLINE/L1などのレトロトランスポゾンの脱抑制は起こらないものの(SINEは緩やかな脱抑制が見られる)、DNAメチル化阻害薬とDnmt1ノックダウンとの組み合わせにより顕著な脱抑制が見られることから、レトロトランスポゾンの抑制にはメチル化が主体的な役割を担うものの、H3.1/H3.2も部分的に寄与していることを見出しました。ゲノムワイドに遺伝子発現レベルを見たところ、幹細胞マーカーであるCdx2の発現が低下するとともにOct3/4の発現が亢進することから、mTSCのアイデンティティーの維持に重要であることが示されました。

 ここまでの研究は試験管内幹細胞を用いた研究でしたが、THDの生物学的意義の解明に小倉さんらは取り組みます。H3K9me3ドメインはマウス胚発生において2細胞期に多数出現し、全てではありませんが一群のTHDが体外組織において維持されることが分かりました。ヒト胎盤を構成する代表的な組織にもTHDのようなH3K9me3ドメインが存在することから、進化的にも重要であることが示唆されました。最後に、THDの意義を小倉さんが得意とする核移植技術を駆使して検証しました。これまで研究により、H3K9me3ドメインがクローン胚の発生を低下させる原因であることが示されていたため、mTSC由来核のH3K9me3ドメインをKdm4(H3K9me3 demethylase)過剰発現により除去する実験を行いました。これにより、これまで不可能だったTS由来クローンマウスの作成に世界で初めて成功しました。

 まとめると、mTSCにおけるTHDの発見に始まり、試験管内レベルのTHDの意義の解明、最後は核移植技術を駆使してTHDの生物学的意義を解明した研究成果でした。

 

いくつかの質問
1) H3K9me3の意義をP150ノックダウンする実験ではH3.3による代償性反応のために表現型がマイルドになってしまっているように見えるのですが、クローン胚での実験のようにKdm4過剰発現の方では顕著な表現型になるのではないでしょうか?

→その可能性は非常に高いと思います。今回はH3.1/H3.2とH3K9me3との関係性を調べるという目的であったためP150をノックダウンしましたが、THDの機能という観点ではKdm4d過剰発現の方が適切であったかもしれません。

2) 発生におけるTHDの意義について教えてください。今回の研究により、THDがmTS細胞のアイデンティティの維持に必須であることが証明されたわけですが、初期胚の分化運命の決定、例えばICMとTEの確立にも関わっているのでしょうか? THDは2細胞期に出現し、その後徐々に胎盤系列の細胞に限局して見られることから、分化運命決定というよりは維持に役割を果たしているように見えます。

→実は着床前胚の細胞であるICMとTEでは顕著なH3K9me3ドメインの差は見られなかったので、この時点での分化決定に寄与している可能性は低いと考えています。先生のご推察の通り、着床後の胎盤細胞で維持されているものが多いことなどから、これらのH3K9me3ドメインは胎盤系列の維持に重要だと考えています。一方で、これらが胎盤系列で維持されていることと同様に、何故ES細胞や着床後胚の胎児系列で急に消失しているのかという点も興味深く、今後の研究で明らかにすべき点だと考えています。

3) THDの進化上の意義について教えてください。ヒト胎盤を構成するCT/ST/EVTにもTHDが存在するのはとても興味深いのですが、マウスとヒトTHDにはシンテニックな領域が多いなど、保存された役割があるのでしょうか? 

→重要なご質問ですが、マウスとヒトのシンテニック領域については解析していないのでわかりません。ただ少なくとも、マウスと同様にヒトでもH3K9me3ドメインは遺伝子間領域に多いので、直接的な遺伝子発現の制御よりも染色体の高次構造を制御している可能性が高いと考えています。
 

(滋賀医科大学・依馬正次)

Highly rigid H3.1/H3.2-H3K9me3 domains set a barrier for cell fate reprogramming in trophoblast stem cells.
Hada M, Miura H, Tanigawa A, Matoba S, Inoue K, Ogonuki N, Hirose M, Watanabe N, Nakato R, Fujiki K, Hasegawa A, Sakashita A, Okae H, Miura K, Shikata D, Arima T, Shirahige K, Hiratani I, #Ogura A.
Genes Dev. 2022 Jan 1;36(1-2):84-102. doi: 10.1101/gad.348782.121. Epub 2022 Jan 6.