2021.12.20
深谷班の論文がNucleic Acid Researchに掲載されました。
転写反応は、転写因子が結合するエンハンサーと基本転写因子が働くコアプロモーターが協調して働くことで、細胞分化などに必要な遺伝子の発現を時空間的に制御しています。これまで、転写のON/OFFや転写の量に関する研究は盛んに行われてきましたが、深谷さんは転写のON/OFFを繰り返す「転写バースト」と呼ばれる現象を発見し、今回の論文では、この転写バーストになんとコアプロモーターが関与していることを突き止めました。コアプロモーターには、TATA結合領域や基本転写因子の結合領域 (DPE) が存在しますが、個人的には転写を行うために必要な領域で、転写自体を「制御」しているとは全く予想していなかったので驚きの内容でした。
まず、転写のリアルタイムモニタリング系(MCP-GFP)を用いて、基本転写因子であるTFIIDの結合領域に変異を入れたところ、転写バーストの立ち上がりの遅延と振幅数の減少が観察されました。また、TATA結合領域に変異を入れた場合は、転写バーストの立ち上がりの遅延、振幅幅、振幅数の減少が観察されました。さらに、TATA結合領域を持たないコアプロモーターにTATAを挿入することで、転写バーストの振幅幅、振幅数共に増加することも示しています。一方で、TATAを持たない遺伝子でもショウジョウバエの胚性ゲノム活性化の制御因子Zeldaの結合を付加することで、転写バーストが観察されることも示しています。
最後は、このコアプローモーターによる転写バーストが内在性遺伝子であるfushi tarazu (ftz)による分節化に関与している可能性をゲノム編集実験で示しています。 ftzのコアプロモーターに存在するTATA結合領域に変異を入れると、ftzの発現が完全に消失し、下流に存在する engrailed (en)が乱れ、最終的には体節形成異常が起こることまで示しています。
深谷さんの仕事を知る前は、コアプロモーターは基本的に転写に重要な領域で、積極的に転写を制御しているとは考えていませんでした。特に面白いなと感じたのは、TATAが存在してDPEが存在しない場合に起こる低頻度の強い転写バーストの存在です。この仕組みを積極的に利用することで、均一な細胞集団から不均一な細胞集団を生み出すシステムを使われている可能性があり、私たちが研究している2細胞様細胞の出現にも関わっていそうで、今後遺伝子のエンハンサー領域だけではなく、コアプロモーターのタイプと遺伝子発現の関係も着目して研究していこうと思います。
(質問)
1) 転写バーストに関する一般的な質問ですが、この周期的な転写は周期性に意味があるのか、それとも周期的な発現が転写効率を上げることで、転写の絶対量を増やすことに意味があるのでしょうか?
(回答)
実はこれまで、転写バーストに周期性が存在するかどうかといった基本的な点は解析されてきませんでした。この点、今回の解析によって初めて転写バーストに周期性が存在することが明らかになりました。現時点ではその生物学的な意義については不明ですが、一度転写バーストが生み出されると(=複数分子のPol IIが一挙に転写伸長しだすと)、次の転写バーストを生み出すまでにある一定時間のrefractory periodを必要とすることが示唆されます。転写は多段階的な反応なので、具体的にどのステップが周期性を生み出しているかは現時点では不明ですが、一つの可能性としてコアプロモーター上にTFIIDなどの基本転写因子が存在しPol IIを呼び込める「ON」の状態と、それらが解離して転写を開始することのできない「OFF」の状態を周期的に遷移している可能性が考えられます。今後、詳細な分子メカニズムが明らかとなれば、それを人為的に改変することで生物学的な意義の理解につなげていけるのではないかと期待しています。
(回答に対するコメント)
人為的に振動の幅や強さを制御できる系ができれば、細胞分化や薬剤耐性における機能解析をできそうで、面白そうですね。また、逆にTATAを持たない遺伝子の場合、周期性を遅らせる必要があるのかすごく気になります。
(質問)
2) これまた一般的な質問なのですが、例えばベクターを使った遺伝子の強制発現系で表現系を解析する場合、内在性のプロモーターは考慮に入れず、通常実験を行なっていると思います。この場合、内在性の遺伝子の転写バーストとは異なる転写反応が起きる可能性がありますが、この転写バーストの違いで表現系に違いが生まれる場合はあるのでしょうか?
(回答)
今回の結果をもとに考えると、例えばコアプロモーターにTATAが存在していて、かつDPEなどが存在しない場合、強いバーストが低頻度で起こります。その結果、バーストを生み出した細胞とそうでない細胞との間でRNA合成量に大きな差が生じることになります。内在遺伝子におけるコアプロモーターの配列は、こうした発現量の「揺らぎ」を遺伝子ごとに適切なレベルに制御する重要な役割を担っている可能性が考えられます。外来ベクターを用いた強制発現では、本来その遺伝子が示すと考えられる細胞間の揺らぎを見過ごしているケースがあるかもしれません(そして、このことが質問3の回答にあるような表現型に影響を与えている可能性も考えられます)。
(回答に対するコメント)
TATAが存在してDPEが存在しない遺伝子と低頻度な強いバーストの関係は面白そうですね。このようなタイプの遺伝子が全遺伝子の中でどの程度存在し、また機能的な特徴があるかがすごく気になるので、自分たちが扱っている遺伝子を調べてみようともいます。
(質問)
3) 今回はコアプロモーターの転写バーストに対する影響を見ていますが、転写バースト(振幅数、振幅の幅)を積極的に調節する仕組みや、その制御による細胞分化などの制御が存在する可能性はあるのでしょうか?
(回答)
ごく最近、DNAスーパーコイルの形成によって転写バーストの振幅が増大し、細胞間における遺伝子発現に大きな揺らぎが生じることで、細胞分化プロセスに大きな影響を及ぼすことが報告されています(Desai et al., Science 2021)。転写バーストの頻度に関しては、エンハンサーや(Fukaya et al., Cell 2016; Bartman et al., Mol Cell 2016)、ヒストンアセチル化などのクロマチン修飾によって制御されていることが報告されています(Nicolas et al., PNAS 2017)。今回の論文ではコアプロモーターに焦点を当てて解析をしていますが、内在ゲノムではこうした複合的な要因が互いに影響を及ぼし合うことで、転写バーストの「振幅」や「頻度」が複合的に制御されていると考えられます。疾患という側面からも、薬剤耐性を示す癌細胞の集団が転写バーストを介した遺伝子発現の揺らぎから生じることが示唆されています(Shaffer et al., Nature 2017)。
(回答に対するコメント)
なるほど。これらの論文は全くフォーロできていなかったので、読んでみたいと思います。揺らぎを生み出す仕組みとしても面白いですが、逆にその揺らぎを積極的に止める仕組みも気になりました。
(質問)
4) 最後に進化的な側面からの質問です。遺伝子ごとのTATAの有無は進化的に保存されているのでしょうか?例えば、進化的にTATAを獲得することで、転写バーストを獲得し、新しい機能を獲得する可能性などがあればすごく面白いと感じました。
(回答)
例えば今回研究に用いたキイロショウジョウバエでは、大半のHox遺伝子はTATAを持たないという構造的特徴が存在します。興味深いことに、数十万年前に分岐したショウジョウバエ近縁種においても同様にHox遺伝子の多くがTATAを持っていないことから、進化的に「TATAを持たない」ことがそれらの機能発揮において重要であった可能性が考えられます。今後、ゲノム編集を用いて本来TATAを持たない遺伝子に人為的にTATAを付与し、どのように発現動態や発生プロセスに影響を及ぼすのかを詳細に解析することで、コアプロモーター配列自体が持つ進化的意義に迫れるのではないかと期待しています。
(回答に対するコメント)
なるほど。そうなると今回の論文ではTATAに変異を入れていますが、逆にHOXなどにTATAを入れるとどのような表現系が生まれるのか非常に興味があります。続報楽しみにしています!
(関西学院大学・関 由行)
Dynamic modulation of enhancer responsiveness by core promoter elements in living Drosophila embryos.
Yokoshi M, Kawasaki K, Cambón M, #Fukaya T.
Nucleic Acids Res. 2021 Dec 13:gkab1177. doi: 10.1093/nar/gkab1177. Online ahead of print.