2021.09.28
阪大微研の伊川さん、藤原さん(現・国立循環器病研究センター)の論文がPNASに発表されました。
伊川さんらはこれまで精子形成や精子機能の制御機構を卓越したマウスゲノム編集技術を駆使して継続的に研究されており、素晴らしい研究成果を驚くべきペースで次々と発表されています。今回の研究では、マウス精子に発現するSPACA4の機能解析をゲノム編集を駆使して実施し、マウスSPACA4が精子の透明帯通過に重要な役割を持つことを明らかにされました。
これまでのゼブラフィッシュやメダカなどの小型魚類を用いた研究によって、タンパク質SPACA4(別名:Bouncer)が魚類の卵子の細胞膜上に存在して異種精子による受精を阻止するゲートキーパーとしての役割を持つことが明らかにされています(Science, 2018)。その一方で、マウスやヒトなどの哺乳類のSPACA4は卵子ではなく精子に発現することは知られていましたが、その機能は分かっていませんでした。また、受精における重要なプロセスのひとつである精子の透明帯通過に関与する分子についても、マウスでは見つかっていませんでした。
今回、藤原さん、伊川さんは、マウス精子におけるSPACA4の機能を解析しました。まず、発現パターンを確認し、SPACA4がマウス精巣に特に強く発現しており、SPACA4タンパク質が精子の頭部に局在することを発見しました。続いて、ゲノム編集によりSPACA4にノックアウトマウスを作製しました。そして、ノックアウトマウスは外見上正常でしたが、オスが不妊であることがわかりました。つまり、SPACA4は体細胞系譜の発生・機能には必須ではないものの、精子の形成あるいは機能に異常がある可能性が示されました。また、SPACA4を欠損した精子は運動性や形態的には正常ではあるものの、in vitroにおいて野生型の卵子と受精できないことも明らかにしました。非常に興味深いことに、卵子を包んでいる透明帯を除去すると、SPACA4欠損精子であっても受精が可能になることもわかりました。つまり、SPACA4が精子の透明帯通過に関与する分子であることが示されました。
以上の成果は、藤原さん、伊川さんが培ってきたマウス精子解析系を駆使することで、初めて明らかになったものです。精子の透明帯通過に関与する分子を初めて示した点も素晴らしいですし、SPACA4の機能の種間での違いは、脊椎動物の進化を考える上でも大変興味深いです。また、今回、哺乳類の受精に必須の分子が同定されたことで、男性不妊症の検査・診断法の確立や治療、男性避妊薬の開発など社会への成果還元も期待できます。
質問
1)小型魚類の卵に発現するSPACA4(別名:Bouncer)は異種精子による受精を阻止しますが、哺乳類の精子に発現するSPACA4も異種間受精の阻止に関わりうるでしょうか?この点、Discussion可能でしょうか?
回答:
非常に興味のある点ですが、異種間受精の阻止に関わる可能性はあると思います(あってほしいと願っています)。しかし、現実的にはその機能は失われているのではないかと思います。なぜなら、一般的な哺乳類では、魚類のように水中へ放精放卵しませんし、射出された精子は子宮や卵管などの雌性生殖路の中を移動して受精するからです。つまり、進化の過程で、精子と卵子がすぐに出会うことがなくなりました。その代わりに、哺乳類では異種間受精阻止の役割が卵子ではなく雌性生殖路に引き継がれたかもしれないと考えています。私たちは「マウス精子の子宮から卵管への移行障害」という表現型を見つけているので、今回の発見をきっかけに両側面から解析を進めていきます。(藤原)
回答へのコメント:
Scienceの論文の第一印象をそのまま受けてこの質問をしてみましたが、藤原さんからレスポンスをいただいて改めて考えると、「異種間受精阻止(種特異的な受精)」はBouncerの機能の一面に過ぎず、卵と精子の結合の制御が主たる機能なのかも、と考え直し始めています。ScienceのBouncerの論文では、ゼブラ卵のBouncerをメダカ卵のBouncerに挿げ替えるとメダカ精子との受精が可能になったことを根拠として異種間受精阻止の機能を論じていますが、ゼブラとメダカは同じ魚類であってもかなり種として遠くBouncerタンパク質の一次配列もかなり違うので、むしろ当たり前の結果のようにも感じます(Scienceの著者の表現やプレゼン戦略が上手い、とも感じる)。
余談ですが、ゼブラフィッシュでは水中に放出された精子はすぐに失活するということが知られていますので、魚類では精子の拡散による異種間受精はあまり起きないだろう(異種の魚が積極的に近接して交配しない限り異種間受精は起きないのかも)と私は考えています。また、ゼブラフィッシュは近縁種(パールダニオなど)との交配が可能です。こうしたことを考えると異種間受精阻止は「生物が進化の過程で獲得した機構」というよりは、「diverseした結果としてそうなってしまった」という印象も受けます。
藤原さんが新たに発見されている「マウス精子の子宮から卵管への移行障害」という表現型も興味深いですね。続報楽しみです。(石谷)
2)SPACA4の発現細胞が魚類では卵、哺乳類では精子となっている生物学的意義について議論は可能でしょうか?
回答:
私もその点が一番知りたいです。私の浅い知識では、発生に関わる転写因子などは脊椎動物間で広く保存されていると記憶していますが、今回見つけたSPACA4/Bouncerは細胞膜にGPIでアンカーされている膜タンパク質です。石谷さんのご経験から、SPACA4/Bouncerのように広く保存されていて、その役割が種間で異なるような遺伝子をご存知ありませんか? 普通に考えれば、進化の過程で特定の遺伝子の発現を雌雄間でスイッチするのはリスクしかないと思うので、スイッチングに失敗した種は絶えたと考えるのが良いのでしょうかね。(藤原)
回答へのコメント:
すみません。私の知識の範囲では、SPACA4のように脊椎動物の種によって発現部位が真逆になっているようなケースは知らないです。SPACA4はかなり特殊なケースなように思います。一方で、もしかしたら、マウスで精子(あるいは卵)に発現している遺伝子群のゼブラフィッシュにおける発現パターンを網羅的に調べれば、同じような発現部位の逆転を起こしている遺伝子が見つかってきて、それを俯瞰することで意義も見えてくるのかも??とも思いました。(石谷)
3)SPACA4が透明帯通過においてどのような分子機能を果たしうるか、議論可能でしょうか?
回答:
実は、そこに迫りたかったのですが、迫りきれなかったというのが本音です。KOマウスの解析から、透明帯通過に精子運動性が必要不可欠なのは明らかでした。また、受精のライブイメージングから、精子は数秒で先体反応を完了して透明帯へ接着し、(おそらく)早い者勝ちで通過して受精します。つまり、透明帯通過は秒単位の現象であること、そしてSPACA4は先体反応後の精子頭部に露出されることが解析を難しくしています。私の理想は、卵子側にもSPACA4の相方(レセプター)があって相互作用しているのでは?と考えていますが、実際は鞭毛運動の力を借りて透明帯に小さな穴を開ける「たこ焼きピック」(大阪出身なので笑)のような役割なのかなと考えています。SPACA4がないと、先端の鋭さが鈍るイメージです。(藤原)
回答へのコメント:
たこ焼きピック(笑)。いいですね。そういうものがあっても良いなあ、と私も思います。一方で、藤原さんがおっしゃっている「卵子側にもSPACA4の相方がある説」にも賛同です。ゼブラフィッシュではSPACA4は卵と精子の結合に必要なので、ゼブラの精子にSPACA4と相互作用する分子(受容体)が存在しているのではないか、と想像します。それと相同な分子がマウスの卵子にも存在するかも??と期待します。(石谷)
4)ヒトSPACA4もマウスと同じ機能を果たすと考えられますか?何かそれを支持するデータはありますか?
回答:
これについては、同じ機能を果たす可能性が非常に高いと考えています。ちなみに、マウスとヒトの相同性はアミノ酸レベルで73%でした。すでにヒトSPACA4を発現させたTgマウスを作ったので、続報を期待してください。また昨年、小倉先生のグループがアクロシンのKOハムスターを使って、精子先体内の酵素が透明帯通過に必須であることを報告されました(PNAS. 2020, PMID: 31964830)。アクロシンはマウスやラットで必須ではないことから、透明帯通過に関わる必須因子は生物種によって大きく異なるということも分かりました。ヒトでの機能を知るために、まずはSPACA4のKOハムスターを作らないといけないですね笑(藤原)
回答へのコメント:
透明帯通過に関わる必須因子は生物種によって大きく異なるというのは大変興味深いですね。透明帯の成分(透過のために消化、破壊しないといけない分子群など)が種によって違うんでしょうかね? あと、「すでにヒトSPACA4を発現させたTgマウスを作った」とは、さすが、、早い。おそらく、マウス卵子との受精がうまくいかなくなるのだろう、という期待ですよね。ヒトSPACA4発現マウス精子がヒト卵子への受精が可能かなども知りたいところですが、それはさすがに倫理的に厳しいですかね。。いずれにせよ、続報楽しみです!(石谷)
(大阪大学・石谷 太)
The conserved fertility factor SPACA4/Bouncer has divergent modes of action in vertebrate fertilization.
*Fujihara Y, *Herberg S, Blaha A, Panser K, Kobayashi K, Larasati T, Novatchkova M, Theussl HC, Olszanska O, #Ikawa M, #Pauli A.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2021 Sep 28;118(39):e2108777118. doi: 10.1073/pnas.2108777118.