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塩見班と小倉班の論文がNat Cell Biol. に掲載されました

2021.09.07

生殖細胞においてトランスポゾンの発現を抑制するpiRNA経路についての報告が、慶應義塾大学 塩見先生のグループと理化学研究所 小倉先生らのグループからNature Cell Biologyに発表されました。 

生殖細胞におけるpiRNA経路については、2月に塩見班が発表した論文の解説で嶋田さんが紹介されておりますので併せて読んで頂きたいのですが(https://totipotency.biken.osaka-u.ac.jp/news/achievements/20210218)、ほ乳動物ではトランスポゾンから生殖細胞のゲノムを守るために、RNAサイレンシング機構であるpiRNA経路がはたらいていると考えられています。これまでpiRNA経路を研究するモデルほ乳動物としてマウスが用いられてきました。しかし、マウスの雌性生殖細胞ではPIWIがほとんど発現していないため、piRNA産生の初期に重要なヘリカーゼであるMOV10L1や、piRNAと結合して標的配列の活性を抑制するPIWIタンパク質群(PIWIL1, PIWIL2, PIWIL4)をノックアウトしても、雄では精子形成が異常となり不妊になる一方、雌では卵子形成は正常で不妊にはなりません。しかし、ヒトを含めてほとんどのほ乳類ではPIWIタンパク質のひとつであるPIWIL3が卵母細胞で発現しており、piRNA経路が雌性生殖細胞でもはたらいていると想定されますが、マウス以外の知見が少ないのが現状でした。今回、両グループはゴールデンハムスターを用いて、piRNA経路に関わる因子のノックアウトに挑戦し、解析を行いました。 

塩見先生らのグループは、2月の論文で、PIWIL1・PIWIL2は精巣・卵巣の両方で発現しているが、PIWIL3は卵巣特異的に、PIWIL4は精巣特異的に発現していることを明らかにしていました。そこで、雌性生殖細胞でのpiRNA経路の役割を明らかにするために、卵巣で高発現しているPIWIL1とPIWIL3のノックアウトハムスターを作製し解析を行いました。 

野生型の雄と交配したとき、PIWIL1欠損雌由来の胚は、2細胞期で停止し致死となりますが、PIWIL3欠損雌由来の胚は、4割ほどの胚は発生が進みますが、残りの胚は2細胞期~8細胞期で遅延したり、停止していました。PIWIL1欠損とPIWIL3欠損で影響の違いが見られることから、MII卵母細胞を用いてsmall RNA-seq解析をしたところ、PIWIL1欠損では23塩基・29塩基の、PIWIL3欠損では19塩基の小分子RNAが特異的に減少しているということで、標的が異なることが分かります。 

続いて、RNA-seq解析を行ったところ、PIWIL1欠損MII卵母細胞では、1612個という多くの発現変動遺伝子が検出されました(PIWIL3欠損では21個)。1612の発現変動遺伝子のうち、66パーセントが発現上昇した遺伝子でしたが、驚くことに、コーディング領域にマップされるPIWIL1-piRNAはありませんでした。このことは、PIWIL1-piRNAは標的mRNAに直接結合しないことが考えられます。ここで2月の論文で作製した新しいデータベースが活躍します。このデータベースでは、発現する転移因子の8割近くが新たに検出されています。PIWIL1欠損は29の転移因子ファミリーを上昇させましたが、PIWIL3欠損では大きな影響は見られませんでした。GO解析ではヌクレオソームアセンブリや転写・エピジェネティック制御といった用語が挙がってくるため、PIWIL1欠損はクロマチンやゲノムの恒常性維持に影響がでていると示唆されました。 

一方、ここまでの解析では大きな影響が見られなかったPIWIL3ですが、どのようなはたらきをしているのでしょうか? 塩見先生らは5mC染色や全ゲノムバイサルファイトシーケンスを行い、PIWIL3欠損GV卵母細胞において、DNAのCGメチル化レベルが全体的に減少していることを見いだします。しかし、PIWIL3-piRNAが結合する転移因子のCGメチル化は大きく影響を受けておらず、むしろ、gene bodyやプロモーター領域のCGメチル化が減少していました。PIWIL3欠損卵母細胞の転写レベル自体には変化がなかったため、塩見先生らはゲノムの3次元構造が変化しているのではないかと推測しています。 

このように、PIWIL1は転移因子を含めた遺伝子発現の制御、PIWIL3は遺伝子発現には影響しないDNAメチル化の制御といった全く異なる機能を発揮することで、受精後正常な発生能をもつ雌性生殖細胞を維持するということを明らかにしました。 

小倉先生らのグループは、PIWIタンパク質の上流ではたらき、piRNA産生に重要なヘリカーゼであるMOV10L1をターゲットに、ノックアウトハムスターを作製し解析を行いました。MOV10L1欠損ハムスターは、ホモ変異体では雄も雌も不妊になったことから、やはりpiRNA経路が雌性生殖細胞でも重要な機能を持っていることが分かります。MOV10L1欠損雌を詳細に観察しますと、卵母細胞は排卵されMII期へと成熟し受精もできますが、胚が2細胞期胚で停止していました。減数分裂は完了するが、受精後の胚発生を進行させる能力が欠損しているという母性効果表現型は塩見先生らが解析したPIWILタンパク質群欠損と同様の表現型です。 

塩見先生らが作製した新しいデータベースを活用したRNA-seq解析により、MOV10L1欠損GV卵母細胞において、57個の発現変動遺伝子を見いだします。PIWIL1欠損MII卵母細胞では1612個の発現変動遺伝子がありましたが、PIWIL1欠損・MOV10L1欠損ともに上昇する発現遺伝子に共通性は見られなかったことから、雌性生殖細胞において、これらの発現変動遺伝子が異なるpiRNAによって制御されていることが考えられます。また、全ゲノムバイサルファイトシーケンス解析も併せた結果、MOV10L1欠損卵母細胞では、全体的なレトロトランスポゾンの発現やDNAメチル化レベルには影響していないが、特定のレトロトランスポゾンの発現が上昇したり、DNAメチル化が減少していることが分かりました。 

今回、両グループにより、MOV10L1・PIWIL1・PIWIL3のノックアウトハムスターが作製され雌性生殖細胞における機能が解析されましたが、それぞれ異なる表現型を示したことで、雌性生殖細胞において複数のpiRNA経路がゲノムの恒常性維持に関わっており、受精後、正常に胚発生を進行させることを明らかとしました。マウスを用いた研究だけでは見えてこなかった重要な知見を、ゲノムデータベース・ノックアウト動物といったゴールデンハムスターの基盤を整備することで結実した成果です。今後、この基盤を用いて、ゲノムの恒常性維持に関わる、各piRNA経路のクリティカルな因子の同定が進められ、より詳細なメカニズムが解明されるとワクワクしております。 

わたしは植物の生殖・胚発生を研究しておりますが、植物では種ごとに多様な生殖様式・発生様式を示します。これまでのモデル生物に囚われず、現象を明らかにするのに適した生物を見つけ、基盤を整備し研究することが、新しい知見に繋がると強く感じました。 
 

(名古屋大学・栗原 大輔) 


Production of functional oocytes requires maternally expressed PIWI genes and piRNAs in golden hamsters​​​​​​​.
Hasuwa H, Iwasaki YW, Au Yeung, W.K., Ishino K, Masuda H, Sasaki H & #Siomi​​​​​​​ H.
Nat Cell Biol (2021). https://doi.org/10.1038/s41556-021-00745-3​​​​​​​

Formation of spermatogonia and fertile oocytes in golden hamsters requires piRNAs​​​​​​​.
Loubalova Z, Fulka H, Horvat F, Pasulka J, Malik R, Hirose M, #Ogura A & #Svoboda P.
Nat Cell Biol (2021). https://doi.org/10.1038/s41556-021-00746-2