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伊川班の論文がPNAS.に掲載されました

2021.08.27

 大阪大学・伊川先生のグループの論文が、Proceedings of the National Academy of Science of the USA(PNAS)に掲載されました。精子の運動性を左右する因子を同定した重要な研究成果です。
 精子は尻尾を振りながら流体中を遊泳します。これは精子が卵管内を長距離に渡って移動して卵子と出会い、また卵子を包む透明帯を貫通するために必要な能力です。今から数年前、伊川先生のグループは、カルシニューリンと呼ばれる酵素が精子の尻尾の一部(midpieceという尻尾の中間部にある構造)を軟らかくし、精子の遊泳能力を上昇させることを発見しました(Miyata et al., Science, 2015)。今回の論文は、このカルシニューリンの局在制御因子としてSPATA33の同定を報告したものです。
 カルシニューリンは体内のさまざまな組織で細胞機能の調節を行うカルシウム依存的脱リン酸化酵素です。例えばT細胞への寄与は有名で、免疫応答を抑制する薬剤の標的にもなっています。精子ではこれとは異なる特別なカルシニューリンの異性体が働いていますが、2015年の発見以降、制御のしくみは分かっていませんでした。そこで筆頭著者の宮田さんらは、次の2つの条件、①カルシニューリンの結合タンパク質に特徴的なアミノ酸配列モチーフ(PxlxIT)を持つもの、②マウス精巣で高度に発現しているもの、をもとにin silicoでスクリーニングを行い、8つの候補分子を特定しました。次にこの8つの中からカルシニューリン欠損との表現型の類似性などを指標にさらに候補を絞り込み、最終的に、精子の泳ぐ速さ、midpieceの軟らかさ、そして受精率を減弱させる因子としてSPATA33を同定しました。SPATA33は精巣のみで強く発現していることも分かりました。
 続いて宮田さんらはSPATA33の生化学特性を細部に渡って解析し、この因子がPQIIITという配列を介してカルシニューリンと直接結合することを明らかにしました。さらに界面活性剤を使った分画の方法により、SPATA33とカルシニューリンがどちらも膜成分に多く含まれることを発見しました。興味深いことに、両者の膜局在はmidpieceの硬さに直接関係すると想像される細胞の形質膜でなく、ミトコンドリアでした。
 先にも述べたように、カルシニューリンは体の様々な組織で機能しており、またその構造も似ているため、狙った機能を特異的に阻害するには工夫が必要です。今回の発見は、精子で特異的にはたらくカルシニューリンの制御因子を同定したものであり、この因子を標的とした精子の活性阻害や免疫抑制薬が示す副作用の低減など、医療の進展に幅広く貢献するものと期待されます。
 また今回の報告は、精子の尻尾の硬さが分子レベルでどのように制御され、またそれが遊泳能力にどう影響するかを知るきっかけを与えてくれる大切な成果と思います。SPATA33とカルシニューリンはミトコンドリアに局在して何をしているのか、局在がなくなると精子の尻尾はなぜ硬くなってしまうのか、精子がはたらくときに必要とするカルシウムイオンは関係するのかなど、新奇の分子メカニズム・メカニクスの存在を想起させる大変刺激的な論文です。実験デザインや論文構成もエレガントで、分野外の私でも読みやすく大変勉強になる論文です。

(国立遺伝学研究所・島本勇太)
 

SPATA33 localizes calcineurin to the mitochondria and regulates sperm motility in mice.
Miyata H,  Oura S,  Morohoshi A,  Shimada K, Mashiko D, Oyama Y, Kaneda Y, Matsumura T, Abbasi F, #Ikawa M.
PNAS. August 31, 2021 118 (35) e2106673118; https://doi.org/10.1073/pnas.2106673118