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新富班の論文がNat Commun.に掲載されました

2021.05.18

理化学研究所・新冨さんの論文がNature Communicationsに発表されました。 
新冨さんは2015年に、たった6種類の精製タンパク質を用いて分裂期の染色体構造を試験管内で再構築できるという画期的な成果を報告しました(Shintomi et al., Nat Cell Biol 2015)。具体的には、プロタミンによる凝集状態にある精子核を、1)コアヒストン、2)ヌクレオプラスミン、3)Nap1、4)FACT、5)トポイソメラーゼII、6)condensin Iと混ぜ合わせるだけで、分裂期に特徴的な繊維状構造へのダイナミックな変化を誘導できること証明しました。分裂期の染色体構造の形成において、トポイソメラーゼIIはATP依存的に染色体間の絡まりを解消することで、姉妹染色体の接着を維持した状態で繊維状構造の形成を促進していると考えられています。実際に再構成系からトポイソメラーゼIIを除くと、分裂期様の染色体構造は一切見られなくなります。 
今回の研究ではこの独自の再構成系を駆使することで、アフリカツメガエル由来トポイソメラーゼIIαが染色体「内」における絡まりをあえて作り出すことで、 再構成反応の後半段階における軸構造の形成を促進するという新たな機能を持つことを明らかにしました。さらに、この活性を発揮するためには、トポイソメラーゼIIαのC末端側領域(CTD)が必要であることを解明しました。CTD欠損型トポイソメラーゼIIαの酵素活性を解析すると、この変異体ではDNA同士を絡ませる活性が顕著に低下していました。さらに再構成系を用いた解析の結果、CTD欠損変異体の存在下では精子核から繊維状構造への変換は起こるものの、形成された分裂期染色体は痩せ細った異常な軸構造を持つことが明らかとなりました。つまり軸構造の形成段階において、トポイソメラーゼIIαが積極的に染色体内の絡まりを生み出すことで、より高度に凝集した構造を形成しているという新たなモデルが提唱されました。分裂期では、condensinによるloop extrusionを介した染色体の手繰り寄せとループ構造の形成が重要な役割を果たすと考えられています。トポイソメラーゼIIαはこのcondensinによって作り出されたループ構造を互いに絡ませ合うことで、軸構造をより凝縮した状態へと変換している可能性が考えられます。 
さらに本研究では、 “sparkler(線香花火)”と名付けた新たな染色体構造を発見しました。新冨さんは以前、Asf1と呼ばれるヒストンシャペロンを除去したアフリカツメガエル卵抽出液を用いて、ヌクレオソームに依存せずに分裂期様の染色体構造が形成されることを報告しました(Shintomi et al., Science 2017)。Asf1非存在下ではマウス精子核へのコアヒストンのローディングが起こらないにも関わらず、クリアな繊維状構造が形成されます。今回、ここからさらにトポイソメラーゼIIαを除くと、DNAが非常にコンパクトに濃縮された線香花火様の構造である“sparkler”が形成されることを見出しました。sparklerにはコアヒストンは存在しませんが、一方でリンカーヒストンであるH1.8が高度に濃縮されている様子が見られました。そこへトポイソメラーゼIIαを加え戻すと、染色体からH1.8が速やかに取り除かれ、sparklerから繊維状構造への変換が起こりました。重要なことに、CTD欠損変異体ではこの活性は大きく損なわれていました。つまり、トポイソメラーゼIIαを介した染色体内の絡まりを生み出す活性が、ヌクレオソーム非依存的なH1.8の取り込みに対して拮抗的に作用することが示唆されました。以上の成果は、いずれも新冨さんがこれまで独自に開発した再構成系や卵抽出液系を発展的に応用することで、初めて明らかになったものです。分裂期染色体がたった6種類のタンパク質で再構成可能であるというシンプルさの背後には、トポイソメラーゼIIαの非常に緻密な分子メカニズムが存在しているという意味において、非常に興味深い成果です。 

質問 

1)Discussionで議論されている内容を踏まえると、トポイソメラーゼIIαのCTDは天然変性領域を介して、軸における局所的な酵素濃度の上昇に寄与している可能性が考えられるかと思います。CTDがどのような分子機能を持つか、何か具体的なアイデアや知見はありますか? 

回答:トポⅡαのCTDはリジンに富む一次構造をしているので、細胞内のpHでは正に帯電しています。つまり静電的相互作用でDNAと結合します。ただし、それだけで「軸における局所的な酵素濃度の上昇」が実現できるのかについては大きな疑問が残ります。私たちはDNAとCTDの弱い相互作用の結果、LLPS(液–液相分離)と似たような状況が作られるのかもしれないと想像しています。まだ具体的な証拠を得ていませんが…。まあ、LLPSにこだわらなくても、「トポⅡαやコンデンシンは選択的に濃縮され、他のものは排除される。」というしくみが見えて欲しいところです。
 

2)最近の1分子解析からLoop extrusion中のcondensinが互いに通り抜けることで、Z-loop構造を形成することが報告されているかと思います(Kim et al., Nature 2020)。これはcondensin単独でもloop同士の衝突を回避できるということだと思うのですが、さらにそこへトポイソメラーゼIIαが作用する意義はどういった点が考えられますか? 

回答:Kim et alの実験結果が意味するところは興味深いですよね。さらに、ここにトポⅡαが加われば何が起こるか?うーん。これは、とにかく、やってみないとわからない類の実験ですね。事前に結果を想像するのはとても難しいです。残念ながら、いまのところ、私自身はコンデンシンによるloop extrusionの一分子解析に関しては、完全に傍観者になってしまっています。ただ、自分の手で(誰かと一緒でも)調べるなら、コンデンシンとトポⅡαの濃度を意識した実験してみたいです。現在、報告されている実験では、コンデンシンが希薄な条件でなければ、loop extrusionが観察できないらしいのです。学会でも「本当にこういったloop extrusionを観察するためのセットアップが、どれほど染色体で起こる現象を説明できているのか」と疑問が投げかかられていました。 
 

3)今回、非常に丁寧にバッファー条件の検討を行なっていますが、各条件は具体的に何に対して影響を与えていますか?例えばMg2+など二価の陽イオンによってDNAのネガティブチャージを相殺することが、分裂期染色体の形成やトポイソメラーゼIIαをはじめとする必須因子群の機能発揮に大事なのでしょうか。ATPはMg2+をキレートする活性があると思いますが、なぜ1mMという高ATP濃度が阻害的に働かないのでしょうか。 

回答:Mg2+の効果は、まず、深谷さんが考えておられるとおり、DNAの負の電荷の中和です(古くから有象無象の論文があります)。あとは、Mg2+がヌクレオソームコア同士の相互作用を強める作用も知られています。私は、これらの効果の総和が、クロマチンの構造や物性を変化させ、間接的にトポⅡαの利き方に影響を与えていると考えています。K+の効果は、トポⅡαCTDとDNAの静電的相互作用に及ぼす影響が大きいと考えています(1の回答にも述べたとおり)。 
 

私たちも、なぜ高濃度のATPが必要なのか疑問に思っていました。最初の草稿では、この点をdiscussionに含めていたのですが、うまく深まらないので最終的には落としました。残念ながら、まだ、私も明確にお答えできる実験結果を得ていません。おっしゃる通りATPはMg2+と配位結合するので、ATPを1 mMも入れていると、バッファー中のフリーのMg2+はその分だけ少なくなってしまう。しかし、実際には、1 mMもの高濃度のATPが必要なのです。再構成系でATPを消費する因子を考えても、トポⅡαとコンデンシンⅠだけです。これらを合わせてもせいぜい100 nMです。これらのATPaseの反応速度は、高く見積もっても1分間で10分子のATPを加水分解する程度ですので、2時間のインキュベーションの間に100 μMに相当するATPが消費されます。すなわち、染色体再構成には消費量の10倍以上のATPが必要というわけです。一方で、細胞内でATPは両親媒性の溶剤(hydrotropeと呼ばれる)として機能しているという議論もなされています(Patel et al, 2017, Science)。この可能性を考慮すると、私たちの実験結果をうまく説明できるのかもしれません(https://science.sciencemag.org/content/356/6339/753)。 

(東京大学・深谷 雄志) 

Guiding functions of the C-terminal domain of topoisomerase IIα advance mitotic chromosome assembly.
Keishi Shintomi & #Tatsuya Hirano
Nat Commun. 2021 May 18;12(1):2917. doi: 10.1038/s41467-021-23205-w.