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栗原班の論文がPLoS Biolに掲載されました

2021.05.13

名古屋大・栗原さんのグループの研究成果がPLoS Biologyに発表されました。 
シロイズナズナの雌性配偶子形成のしくみに迫る論文です。ただし、その様子は(多くの人にとって馴染みのある)動物の卵子形成とはまるで異なっています。まず、頭の中をガラッと切り替えましょう。 
被子植物の雌性配偶体では、減数分裂の後、すぐに受精がおこりません。一倍体のまま3回の核分裂(染色体の複製と分配)が起こります。しかも、この間には細胞質分裂も起こりません。その結果として、8個の一倍体核をもつ多核体ができた後、ようやく細胞化が起こります。こうにしてできた細胞のうち、たった2つだけが卵細胞と(融合した二倍体の核をもつ)中央細胞と呼ばれる二種類の雌性配偶子となります。これらは、受精後に、それぞれ、胚と(三倍体の)胚乳にとして発生します。残りの細胞はというと、花粉管を誘引する助細胞(2個)、反足細胞(3個)へと機能分化します。ここまでが、この興味深い仕事を理解するための大切な前置きです。 
この論文の大きな問いは、「雌性配偶子形成において、いつ、どのようにして機能の異なる細胞が作り出されるのか?」です。これに対して、栗原さんたちはオリジナリティに富んだアプローチを次々に繰り出します。 
本来、雌性配偶子形成はめしべの奥深くで起こるため、生きたままの状態で観察できないことが研究のボトルネックとなっていました。まず、栗原さんたちは、単離した胚珠(雌性配偶体が含まれる組織)を培養するという独自の技術をつかって、この難点をクリアしました。蛍光標識したさまざまなタンパク質を発現するトランスジェニック植物を使えば、タイムラプスイメージングによって核分裂や細胞化の時空間的ダイナミクスを記録できるという作戦です。さらに、助細胞や卵細胞に特異的な遺伝子(あるいは、そのプロモーターの下流につないだレポーター遺伝子)の発現を記録するというように、徹底的な「見える化」を進めました。その結果、卵細胞、中央細胞、助細胞のいずれになるか、すなわち細胞運命は、細胞膜ができるのとほぼ同時に決定されることが明らかになりました。また、多核体内での核の空間配置とその後の細胞運命には、強い相関があるという、興味深い事実も見えてきました。 
次に、栗原さんたちは、細胞運命決定の背景にあるメカニズムを理解するために、トランスクリプトーム解析を行いました。ここで鍵となったのも、まさに超絶技巧というべき独自の方法です。卵細胞、中央細胞、助細胞をそれぞれに特異的なマーカーで標識しつつ、顕微鏡下で単離するというのです。頑丈な細胞壁を酵素処理で取り除いた後、プロトプラストとなった細胞をマイクロピペットで取り扱います。このとても繊細な作業によって集められた少数の細胞集団から、重要な情報がちゃんと炙り出されてくるのです。ふだん生化学実験ばかりやっている私からすると、昨今の核酸解析技術のパワフルさをまざまざと見せつけられたような気がしました。この一連の解析で明らかになったことを端的に言うと、細胞運命はデフォルトとして配偶子(すなわち、卵細胞か中央細胞)になるようプログラムされており、助細胞ではそのプログラムが抑制されているということなのです。 
このように精密な観察に基づく研究成果が発表されると、新しい課題が浮かび上がってくるのが世の常です。今後は、細胞運命を司る遺伝子発現プログラムや隣り合った細胞同士の相互作用の詳細を明らかにすることへと、研究の興味がシフトしていくようです。ここで私の個人的興味を挙げるなら、配偶体の中での核の空間配置に惹かれました。とくに、1回目の核分裂で別れた核の「孫」が、3回目の分裂の後には融合して中央細胞の二倍体核になるというのが意味深長に思われます。これからも栗原さんたちは、独自の方法に磨きをかけ、研究を発展させていくのでしょう。アップデートを聞ける日がいまから楽しみです。 
ちょうど自宅の庭でトマトが実り始めました。少し前には黄色い花の中ではこんな巧妙な現象が起こっていたとはつゆ知らず、実が赤く色付くのを心待ちにしています。 

(理化学研究所・新冨圭史) 

Dynamics of the cell fate specifications during female gametophyte development in Arabidopsis.
Susaki D, Suzuki T, Maruyama D, Ueda M, #Higashiyama T, #Kurihara D.
PLoS Biol. 2021 Mar 26;19(3):e3001123. doi: 10.1371/journal.pbio.3001123. eCollection 2021 Mar.