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深谷班の論文がCurrent Biologyに掲載されました

2021.03.25

エピジェネティクスを研究している我々にとって、基本的なアウトプットは転写がONになるのかOFFになるのか、という点です。しかし実際の細胞では、ON状態と言っても単純にずっとONというわけでなく、一定量の転写産物を産出したらOFFになり、再度ONになってから一定量を転写したらまたOFFになるということを数分おきに繰り返す「転写バースト」と呼ばれる現象で転写が制御されていることが最近の研究でわかってきました。転写バーストのおかげで、ちょうどいい塩梅の転写産物が産生されているようです。例えるなら、大きなパーツが数個ある積み木(=一定強度を継続させる転写)よりも、細かなパーツがたくさんある積み木(=転写バースト)の方が、より高精度なものを作り出せるというというわけです。ショウジョウバエ初期胚の新生RNAのライブイメージング技術を駆使して転写バーストの概念を提唱したのが、本論文の著者である深谷雄志さんです (Fukaya et al., Cell 2016, 166, 358、等) 。

これまでの研究では、トランスジェニックのレポーター遺伝子の発現をモニターしていたため、内在遺伝子にも実際に転写バーストが起こっているかどうかは不明でした。そこで今回、様々な内在の体節遺伝子の3’UTRにMS2タグとpolyAシグナルをノックインしたショウジョウバエを多系統作成し、MCP-GFP(MS2 RNA配列に結合するMCPに緑色蛍光タンパクを融合させることで新生RNAを可視化できる)トランスジェニック系統と交配させることで、内在遺伝子のライブイメージングを可能にしました。

この系を用いて内在の体節遺伝子群の発現動態とその制御機構について新たな知見が得られました。まず、モルフォゲン濃度勾配によって縞状の発現パターンをする際に、それぞれの縞の中央近辺に位置する細胞では、体節遺伝子群は一瞬OFFになってもすぐにONになったり、ON期間が長く続いたりという制御がなされることで、結果的に多量のRNAが産生されることが分かりました。一方で、同じ縞の中でも、縞の境界近辺に位置する細胞では、OFF期間が長く続きました。つまり、ON期間中における単位時間あたりの転写量(転写の強度)は同じでも、ONの「頻度」と「期間」が細胞の空間的配置によって異なるということです。

転写バーストを制御する機構として、エンハンサーの関与が考えられます。そこで体節遺伝子群の一つであるhunchback遺伝子が有する二つのエンハンサーのうち、転写開始点から離れた方のエンハンサーをKOしました。すると、転写バースト中のONの期間が長くなり、結果としてRNA生産量が上昇し、縞状パターンが異常になりました。どうやらこのエンハンサーは、もう一つのエンハンサーと競合することでhunchback遺伝子の活性を低下させる機能を果たしているようです。エンハンサーは転写に対してポジティブに働くというのが通説ですが、ネガティブに働くものもあるという予想外の発見です。

なるほど、この実験系はvivoの遺伝子発現の制御機構を理解するのに優れていると思いました。というのも、ショウジョウバエは遺伝学ツールに富みゲノム操作しやすいこと、一つの胚でON領域とOFF領域が縞状に出現するので発現異常がパッと見で分かりやすいこと、遺伝子発現をライブイメージングできることなど、多くの利点があるためです。もちろんライブイメージングを可能にしたのは深谷さんのこれまでの研究の積み重ねがあってこそであるのは言うまでもありません。この論文は、昨今では非常に珍しく、なんと深谷さんの単著です。オリジナルな実験系を持つ人は強いと、改めて感じさせられた論文でした。

(理化学研究所・井上 梓)

Dynamic regulation of anterior-posterior patterning genes in living Drosophila embryos.
#Takashi Fukaya
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982221002943