2021.02.18
慶応大学 塩見先生らのグループの論文がNucleic Acids Research誌に発表されました。
トランスポゾンに代表される「動く因子」はヒトゲノム上のおおよそ半分を占めるもので,この因子がゲノム上に転移することで生物の多様性に一役買う一方,生物にとって大切な機能を持つ遺伝子に転移してしまう可能性があります。特に次世代に受け継がれる生殖細胞に余計な転移がおきてしまうと次世代に負の影響が受け継がれてしまうため,それを防ぐために生物にはトランスポゾン特異的に対合するpiRNAとpiRNAに結合するPIWIと呼ばれるタンパク質によりトランスポゾンの発現を抑制する機構が存在します。この機構はほとんどの動物では雌雄どちらの生殖細胞にも存在するのですが,実験動物として広く使用されるマウスにはなぜか卵巣におけるPIWIの発現がほとんど認められず,雌性生殖細胞におけるpiRNA経路については知見が少ないという状況です。そこで塩見先生たちはマウスには存在しないが他の動物種では認められるPIWIL3を有するげっ歯目であるゴールデンハムスターに着目して研究を始めました。
まず次世代シークエンスを用いた解析などでハムスターの卵巣にはPIWIL1とPIWIL3が強く発現していることを明らかにします。次にこれらPIWIタンパク質と結合しているRNAを単離して,その長さを見るとMII卵母細胞と2細胞期胚とで結合しているpiRNAの長さが異なることから卵母細胞・卵子・初期胚の発生過程で異なるpiRNA経路が働いていることを示唆します。
この次の展開がすごいのですが,これまでのゴールデンハムスターのゲノムデータベースには欠陥があるということで,新しくデータベースを作り出すというトンデモ展開に発展します。In silico解析は私の専門外なので割愛しますが,次世代シークエンサーによる全ゲノム解析の結果,新たなハムスターのゲノムデータベースが完成します(文章で書くとものすごく簡単ですが,相当な努力をしたのではないかと推察します)。このデータベースのおかげで反復配列が多い「動く因子」の解読が進み,piRNAが結合するトランスポゾンの解析が可能になりました。
その後,PIWIと結合していたpiRNAがゲノム上のどこに相補的に結合するかをマッピングします(そのための新データベース!)。このマッピング結果から雄性生殖細胞と雌性生殖細胞ではPIWI-piRNAがターゲットとするゲノム上の場所が異なっていることを示唆します。またpiRNAの元の転写産物には性差があり,卵母細胞が成長するにつれてpiRNAの出所も変わっていることを明らかにしました。
これらの雌側のpiRNA経路について新しい知見を得るだけでなく,その副産物(?)として質の高いゲノムデータベースを作製したという,中身の濃い論文になっています。折しも通常のマウスには感染しないがハムスターには感染する新型コロナウイルスの猛威のせいで,実験動物としてのハムスターの価値が高くなっています。もしかしたらこの論文が生殖生物学の発展や遺伝子発現抑制機構の解明のみならず,新型コロナウイルス研究において大きな役割を果たすことになるかもしれません。またPIWIL3のようにマウスにはないのにヒトには存在するタンパク質をハムスターが持っていたりするので,遺伝子機能を調べるのにマウスだけを使っているのは危険だという考え方も出てきます。そう考えてもハムスターというのは今後,実験動物として注目されてくるのではないかと思います。膨大なin silico解析とその解釈をまとめあげた筆頭著者の石野さん及び塩見先生の今後の研究結果に注目です!
(大阪大学・嶋田圭祐)
Hamster PIWI proteins bind to piRNAs with stage-specific size variations during oocyte maturation.
Kyoko Ishino, Hidetoshi Hasuwa, Jun Yoshimura, Yuka W Iwasaki, Hidenori Nishihara, Naomi M Seki, Takamasa Hirano, Marie Tsuchiya, Hinako Ishizaki, Harumi Masuda,
Tae Kuramoto, Kuniaki Saito, Yasubumi Sakakibara, Atsushi Toyoda, Takehiko Itoh, Mikiko C Siomi, Shinichi Morishita, #Haruhiko Siomi
Nucleic Acids Research, gkab059, https://doi.org/10.1093/nar/gkab059