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伊川班の論文がPNASに掲載されました

2021.02.04

精子にはミトコンドリアが集積しているmidpieceという構造があります。ここで精子が動くためのエネルギーを作ってその活発な運動を支えているというのはどの教科書にも載っています。実際に不妊症の男性の精子を取ってみるとミトコンドリアの異常がよく認められることから、機能的に重要な構造であるということは想像されていました。ところが、その割にはこの構造がどうやって出来てくるのかということについては殆ど何も分かっていませんでした。
伊川先生のグループは遺伝子編集技術を駆使して精巣特異的な遺伝子を破壊するというストラテジーで数々の成果を挙げられて来ました。今回のターゲットとなったのはarmadillo repeat containing 12 (Armc12)という遺伝子です。名前は聞いたことがないし、armadillo repeatがどうしたのかと思いますが、実はこの遺伝子はカメからヒトまで保存されており、精巣にかなり特異的に発現しているのでノックアウトには魅力的な遺伝子です。
機能を解析するためにノックアウトマウスを作成したところ、このArmc12欠損マウスは雄特異的に不妊症になってしまいました。精巣では正常に見えるのですが、精巣上体を調べると尾っぽの曲がった精子が見られます。そこでこの精子の機能を試験管内で調べてみるとzona pellucidaには結合できないが、きちんとacrosome reactionも起こすし、卵子と融合もできるということが分かりました。予想通りだったのかも知れませんが、Armc12欠損精子はいつも不妊マウスの解析でよく登場するuterotubal junctionを通り抜けられないことも分かりました。この精子はきちんと泳げないので、UTJの上皮とかzona pellucidaに結合できないために不妊になるのであろうと想像されます。
論文の後半ではノックアウトマウス精子の形態異常がどうやって起こるのかを更に詳細に調べています。電子顕微鏡を使った解析から、このマウスの精子形成はspermatidの段階で既におかしくなっていて、ARMC12自体はミトコンドリアの外膜の部分に存在する分子であることが分かりました。その結果と一致してミトコンドリアの形態や並びが不規則になっていることが分かりました。
伊川さんの解析はここで終わらず、しつこくそのメカニズムを探ります。まずARMC12に結合するタンパク質を同定し、MIC60をはじめとした一連のミトコンドリア構成分子がこの分子と結合することを見出しています。更にこのうちのTbc1d21という分子のノックアウトマウスまで作成してきちんと不妊症になるところまで証明しています。これらの解析の結果、Armc12はミトコンドリア同士がくっつくのに重要な役割を果たしているということが分かります。
大量の実験をこなした第一著者の嶋田さんも大変だったことと思いますが、立派なものです。これだけのデータが出てくると論文としても圧巻です。図らずも自分の精子幹細胞の仕事でもミトコンドリアがちょくちょくと出てくるようになっており、個人的には大変興味を持って読ませて頂きました。あとどのくらい不妊症関連遺伝子が残っているんでしょう?次の結果を楽しみにしています。

(京都大学・篠原隆司)

ARMC12 regulates spatiotemporal mitochondrial dynamics during spermiogenesis and is required for male fertility.
Keisuke Shimada, Soojin Park, Haruhiko Miyata, Zhifeng Yu, Akane Morohoshi, Seiya Oura, #Martin M. Matzuk, #Masahito Ikawa
Proc Natl Acad Sci U S A. 2021 Feb 9;118(6):e2018355118.