2020.05.07
領域代表の小倉先生のグループがNature Communications誌へ発表されました。今回の論文では、長年謎に包まれていた体細胞核移植クローン(SCNT)マウス胎盤で見られる母体胎盤の過形成の原因を明らかにしました。
SCNTといえば、私が学生の頃(約20年前)に神戸理研におられた若山先生の研究室と定期的にセミナーをさせて頂いていてSCNTマウスの出生率向上にトライされていたのを思い出す一方で、非常に難しい胚操作技術だと教わったのを思い出します。現在では、その出生率が当時の2-3%から20%程度まで向上したと聞いて、私もSCNTマウスを作出できるかもと思えるほど身近な技術になりつつあります。
本題に戻りますが、ご存知の通りSCNTでは本来父親由来からのみ発現する胎盤特異的なインプリント遺伝子が、発現異常によって母親由来からも発現します。さらに、胎盤特異的なインプリント遺伝子はH3K27me3によって母親アリル特異的に発現抑制されていることも最近の研究から分かってきました。そこで、まずSCNT胎盤で発現異常(上昇)を示す3つの遺伝子(Gab1, Sfmbt2, Slc38a4)に着目して、母親アリルのKO細胞を使ってSCNTを行いました。その結果、予想通りSCNT胎盤での発現異常は無くなりましたが、驚くことに胎盤の過形成は全く改善されませんでした(胎盤重量はコントロールの約3倍)。つまり、このSCNT胎盤の過形成は、胎盤特異的なインプリント遺伝子の発現異常によって引き起こされていないことが分かりました。次に、何が原因かを探るため、E11.5の胎盤を用いてmiRNAのマイクロアレイを行いました。なぜE11.5かというと、ちょうどコントロールとSCNT胎盤のサイズが揃う日齢だそうです。SCNT胎盤では着床後の栄養膜細胞の増殖が遅く、E11.5を境にぐんぐん異常増殖して過形成になります。マイクロアレイの結果、SCNT胎盤ではSfmbt2遺伝子内のmiRNA72個で構成されるクラスターの発現上昇が起こっていることが明らかになりました。その証明として、母親側のmiRNAクラスターを欠損させた細胞からSCNT個体を作製したところ、胎盤の重量、構造、そして遺伝子発現も有意に改善されました。これで終わりではなく、さらにmiRNAの標的遺伝子9個のKOマウスを作製し7遺伝子で胎盤異常が見られました。もうお腹いっぱいの内容で大満足ですが、このmiRNAクラスターはヒトを含む他の動物種ではどうなっているのか、なぜ進化の過程で胎盤特異的な遺伝子発現様式を獲得するようになったのか、などSCNT効率向上以外にも胎盤について色々と考えさせられるのは私だけではないと思います。
(藤原祥高(伊川班))
Nat Commun. 2020;11(1):2150.
Loss of H3K27me3 Imprinting in the Sfmbt2 miRNA Cluster Causes Enlargement of Cloned Mouse Placentas.
Inoue K, Ogonuki N, Kamimura S, Inoue H, Matoba S, Hirose M, Honda A, Miura K, Hada M, Hasegawa A, Watanabe N, Dodo Y, Mochida K, Ogura A.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32358519/
理化学研究所プレスリリース