伊川班の論文がPNASに掲載されました

伊川班の論文がPNASに掲載されました

2020.04.17

今回は伊川先生のグループが新たな受精関連分子Fertilization Influencing Membrane Protein (FIMP)を同定されました。元々はこの分子は4930451l11Rikという正体不明の分子でしたが、これを遺伝子編集により機能解析を行ったところ、実はsperm-eggの融合に効いているということを明らかにしました。
 昔は目的遺伝子の同定に長く時間がかかりました。自分の話になって大変恐縮ですが、遺伝子を決めるのは昔から嫌な思い出があります。自分が大学院生だった1990年代前半は本庶先生のところでヌードマウスの遺伝子を取ろうとしてYACを作ってどんどんとnude locusに迫っていったのですが(結局負けましたが)、chromosome walking やjumpingという本当に手間暇、お金がかかったものでした。その横でやっていたのがsignal sequence trapという、ランダムに分泌・膜タンパク質をとる方法でした。生物機能のない分子を取るなんてちょっとどうかと思って見ていました。さらに横でやっていたのが例のPD-1で、全く当初とは狙ったものとは違う分子が取れてきました。とてもあんな仕事をやれるものではない、割が悪いと、遠くから見ていたためもあってか、システム作りが中心となる今の精子幹細胞の研究に移りました。これが自分に深くインプリントされているようです。ただ、状況は受精の研究でも同じで、岡部先生がいつもスライドに出されますが、数多くの間違った遺伝子や抗体が取られていて、たまたま当たりだったのがIzumoだったわけです。しかし、このお仕事も岡部先生の中和抗体作成から始まる実に息の長い仕事でしたし、遺伝子が全て分かった現在でも自分の狙った分子を取るのは容易ではないのは皆さんのご存知の通りです。
 そんな中、今回の論文を読むと遺伝子を狙うのはそう悪くもないという気にさせてくれますし、時代の流れを感じさせます。論文には書いていませんが、このFIMPは伊川さんとMatzukさんのところでやっている、網羅的な精子形成関連遺伝子のノックアウトから見つかったものに違いありません。こうしたアプローチで機能的に有望な遺伝子が取れるのなら、アッセイさえしっかりしていれば出来るだけ潰してみようじゃないかと、昔なら大変だった仕事が今は遺伝子編集で出来てしまうわけです。もちろん伊川さんに言わせれば、それも簡単じゃないと言われるかも知れませんが、目的遺伝子の同定はロジカルに時間さえかければ一定の成果が得られるようなプロジェクトになっているということでしょうか。
 つい私の印象の部分が長くなってしまいました。論文としてはストレートな内容です。この4930451l11Rikという精巣に強く発現している遺伝子を遺伝子編集で破壊したら妊孕性の低下が見られました。ただ、全く子供が生まれたないわけではなく、精子は一見正常に見えます。そこでKO精子を使ったIVFの実験を行ったところ、透明帯は通過するけれども受精は起こらないということが分かりました。FIMPには分泌型と膜型があるのですが、トランスジェニックマウスを使った実験で、膜型のものが重要であることが分かります。面白いのはCOS7や293Tを使った実験で、FIMPは直接の膜融合に関与する分子ではなく、IZUMOがJUNOに結合するのを促進するものでもないということが最後に記載されています。抗体がないので、どんな風に膜融合に関与するのかが分かりませんが、今回の結果から想像されるのは他にも多くこのような分子がありそうだということです。
 書いてしまうとあっと言う間ですが、このマウスを見つけるのにかかった時間とお金は相当なものだと思います。とはいえ、きっと残りの分子も伊川さんらのグループによって近い将来には同定されるでしょう。やっぱり自分は遠くから見ている方が良さそうですね。。。
(篠原隆司)

PNAS 2020 Apr 15;201917060. Online ahead of print.
Spermatozoa Lacking Fertilization Influencing Membrane Protein (FIMP) Fail to Fuse With Oocytes in Mice.
Fujihara Y, Lu Y, Noda T, Oji A, Larasati T, Kojima-Kita K, Yu Z, Matzuk RM, Matzuk MM, Ikawa M.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32295885/
大阪大学微生物病研究所プレスリリース