2020.03.31
篠原隆司先生(伊川班研究分担者)のグループから本年度2報目のPNASが発表されました。第一著者は篠原美都先生で、領域代表である小倉班との共同研究となります。
精細管の内部は、精原幹細胞(spermatogonial stem cells: SSCs)が存在する基底膜側と、減数分裂や精子への分化が起きる内腔側に分けられます。この二つの領域の間には、セルトリ細胞同士によるタイトジャンクションがあり、血液精巣関門(blood testis barrier: BTB)と呼ばれています。自然状態ではSSCsが減数分裂を開始する際にBTBを通り抜けて精細管内腔へと移動しますが、SSCsを精細管内腔に移植すると、逆にBTBを通り抜けて基底膜側の領域に入り込んで定着することができます。このSSCsのBTB通過に関わるメカニズムはほとんどわかっていませんが、今回篠原先生達は綿密な移植実験からその一端を解明されただけでなく、SSCsの移植に伴う予期せぬ結果を発見されました。
まず、今回篠原先生達はSSCsの定着におけるタイトジャンクション分子の機能を明らかにするため、BTBの構成因子であるクローディン11(Cldn11)遺伝子のノックアウトマウスを使用しました。Cldn11 KOマウスはBTBが完全に壊れてしまうため、精子発生が減数分裂期に停止して不妊であることが知られています。Cldn11は主にセルトリ細胞で発現していますが、生殖細胞側でも発現しているので、それらの機能を分けて解析する必要があります。そこでまず、Cldn11 KOマウスからとったSSCsを野生型マウスの精巣へ移植したところ、全体としての定着効率は低下しました。このCldn11 KOマウスのSSCsで、同じクローディンファミリーであるCldn3, Cldn5をKDすると定着効率はさらに低下したことから、これらのクローディン分子がSSCs側で定着に関与していることが分かりました。一方で、Cldn11 KOマウスの精巣に野生型SSCsを移植すると、野生型精巣に比べてSSCsの定着効率が3倍ほど高くなっていました。Cldn11が形成するBTBがSSCsの定着を阻害しているようです。
興味深いことに、上記のようにCldn11 KO精巣に野生型SSCsを移植した場合、BTBの無い異常な環境にも関わらず、定着したSSCsは減数分裂を経て半数体を形成していました。そこで、Cldn11 KOマウスの精巣に、Cldn11 KOのSSCsを自家移植してみたところ、なんとこの場合も定着したKO SSCsが精子発生を行って半数体(精子細胞・精子)を形成していました。これらの半数体からは、顕微授精によって仔が生まれたことから、正常な精子であることが確認できました。なぜ通常のCldn11 KO精巣では精子発生は起きないのに、KO SSCsをKO精巣に移植するという自家移植で、精子発生が回復したのでしょう?自家移植後のKO精巣と通常のKO精巣の様子を詳細に比較してみると、通常のKO精巣でだけCldn3, Cldn5の発現量が上昇していたことから、篠原先生達はこれらが精子発生を阻害しているのではないかと考えました。実際に、Cldn11 KO精巣でCldn3, Cldn5をKDすると、精子発生が回復し、そこから顕微授精で産仔も得ることができました。驚くほどクリアな結果のレスキュー実験です。
本研究は、SSCsの定着の分子メカニズムの一端を明らかにしただけでなく、『BTBは精子発生に必須である』というこれまでの概念を覆す結果を示しています。さらに、応用的視点からみても、精子発生異常を示すヒトの遺伝的疾患がSSCsの自家移植によって回復し得ることを示す非常にインパクトのある論文です。今後もさらにSSCsの定着メカニズム解析が進むとともに、篠原先生の慧眼から意外な結果が発見されることが期待されます。
(的場章悟(小倉班))
PNAS vol.17のカバーとして選ばれました。
PNAS April 7, 2020 117 (14) 7837-7844
Autologous transplantation of spermatogonial stem cells restores fertility in congenitally infertile mice.
Kanatsu-Shinohara M, Ogonuki M, Matoba S, Ogura A, Shinohara T.
https://www.pnas.org/content/early/2020/03/24/1914963117.short?rss=1