2020.03.30
先日のEMBO Jに引き続いて、塩見先生のグループから素晴らしい研究成果が発表されました。第一著者は、前篠原領域の公募班で活躍された山中 総一郎さんです。
哺乳類の生活環では、2回ほどゲノム全体でDNAのメチル化が劇的に低下する、リプログラミングが生じます。1回は受精直後の全能性細胞において、そしてもう1回は精子や卵子の幹細胞である始原生殖細胞においてです。始原生殖細胞で消去されたDNAのメチル化は、その後精子と卵子の発生過程において再獲得されます。メチル化が正常に獲得されないと精子は正常に発生できませんし、配偶子のDNAメチル化は次世代へと伝達されるために正確に書き込まれる必要があります。しかし、DNAメチル化がゲノム領域ごとにどの様な制御を受けて獲得されるのか、はほとんどわかっていませんでした。
今回塩見先生のグループはこの点を明らかにするために、マウスを用いてメチル化が獲得される胎仔期・新生仔期の生殖細胞を、ATAC-seq, ChIP-seq, Hi-Cなどで多次元に解析しました。その結果、DNAのメチル化が獲得される時期には、一過的にクロマチン状態が緩む、あるいは閉じるDADs(Differentially accessible domain: 差次的アクセス可能領域)という領域が存在することを発見しました。大きいものでは12Mbにも及ぶDADsは、大部分が遺伝子のほとんど存在しない領域にあり、また、そのほとんどで反復配列レトロトランスポゾンが認められました。DADsはメチル化の低い始原生殖細胞期にはH3K27me3などヘテロクロマチン様の特徴を示し、メチル化獲得期にはH3K27me3が減少して活性クロマチンの指標であるH3K4me3が増加していました。興味深いことに、この時期にはDADs内のレトロトランスポゾンが一過的に転写されていることも見出しています。DADsはDNAのメチル化が獲得されにくい(獲得時期が遅い)領域とオーバーラップしていることから、DNAメチル化の獲得に先んじてクロマチン状態が変化し、その結果DNAメチル基転移酵素がこの領域にアクセスできるようになるのではないか、と提唱しています。
筆者らはさらにHi-C法を用いて、染色体内部での相互作用を解析し、メチル化獲得期の生殖細胞では一過的に染色体内部の相互作用が減少することを発見しました。一方で、低メチル化状態にある始原生殖細胞とメチル化獲得がほぼ完了した新生仔期の生殖細胞のパターンは似通っていました。メチル化が変動する時期のみ相互作用が減少していたことから、このクロマチン状態がゲノム全体でのメチル化獲得のための分子基盤として機能している可能性があります。
これらの発見から、メチル化獲得のために生じるクロマチンの変換には2つのレイヤー、様式があるのではないかと提唱しています。一つはDADsに代表される特定の領域で生じているクロマチンの緩み、もう一つはHi-C解析でわかった染色体全体で生じている相互作用の変化です。では、これらのクロマチン状態の変化がメチル化の獲得や精子形成にどの様な役割を担っているのでしょうか?それを知るためにはエピゲノム編集やクロマチン制御因子の発見など、さらなるブレイクスルーが必要だと考えられます。ハードルは決して低くありませんが、塩見先生のグループならばきっと驚くようなアプローチでこれらを乗り越えて、新たな発見をまた届けてくれるのではないかと期待してしまいます。
(山口新平)
Dev Cell. 2019;51(1):21–34.e5.
Broad Heterochromatic Domains Open in Gonocyte Development Prior to De Novo DNA Methylation.
Yamanaka S, Nishihara H, Toh H, Eijy Nagai LA, Hashimoto K, Park SJ, Shibuya A, Suzuki AM, Tanaka Y, Nakai K, Carninci P, Sasaki H, Siomi H.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31474564/