2020.03.23
ご存知のように塩見先生のグループはショウジョウバエをモデル動物として用いて、Piwi-piRNA複合体がどのように遺伝子発現を抑制するのかについて調べて来られました。ショウジョウバエ卵巣由来の培養細胞であるOSC細胞ではpiRNAが発現しており、遺伝子導入やノックダウンが可能であるという利点を持つことから、今回もこの実験系を用いています。これまでにもDmGTSF1がPiwiと核内で相互作用し、そのZinc finger domainを介してpiRNAの標的となるレトロトランスポゾンの発現を抑制していること、またPiwiとリンカーヒストンであるH1が相互作用し、PiwiはH1の密度を正に制御することでクロマチン凝集に働くことなどを見出していました。
今回EMBO Jに発表された論文では卵巣に特異的に発現する、RNAの核外輸送タンパク質ファミリー分子であるNxf2が実はpiRNAによるトランスポゾンの転写抑制に働くことを報告されました。まずPiwiと協調して働く因子としてPanxという分子に着目しました。PanxはPiwiと相互作用し、H3K9のトリメチル化を促進する機能を持っています。そこで得意の抗体作成技術を活かして、このPanxに対する抗体を作り、OSC細胞内で結合する分子を探しました。その結果、RNAの核外輸送タンパク質ファミリーに属するNxf2分子を同定しました。
Nxf1は広く研究されており様々な組織に発現しています。ところが、Nxf2-4については生殖巣に特異的に発現しており、Nxf2は卵巣で発現しています。Nxf1の先行研究に引きずられて、Nxf2もRNA輸送に関与しているかと思いきや、Nxf2はPiwi, Panx,に加えて NXFタンパク質と結合するとされているp15 (Nxt1)と複合体を作っていることが分かりました。Nxf2の分子の機能を調べるためにOSC細胞を用いてノックダウン実験を行うと、期待通りにトランスポゾンの脱抑制が起こるのみならず、Panxの発現も低下してしまいます。さらに詳細な解析を行ったところ、Piwi-piRNAはNxf2を介して標的トランスポゾンの転写を抑制することが分かりました。この論文で一番面白かったのは、ヘテロクロマチン化に必要とされるH3K9トリメチル化やH1はNxf2の作用とは独立したものであったという点でした。このヘテロクロマチン化というのは遺伝子が最初に抑制されてから、その次のステップとして持続的に遺伝子抑制を行う際に必要になってくるということで、Piwiによる遺伝子抑制には2ステップあるという新たなモデルを提唱されました。
書いてしまうと簡単ですが、膨大な実験が行われている論文です。それのみならず、この分野は非常に競争が激しく、他にも3つのグループによりNxf2がPiwi-piRNA経路による遺伝子抑制に関与すると同時に報告されています。7年前にDmGTSF1の論文が発表された時にもほぼ同じ内容が同じ号のGenes DevやDev Cellに報告されており当時でも大変な競争だと思って見ていました。piRNA研究の最先端はエピゲノム解析技術を駆使したもので、私のような門外漢が読むと理解が難しいのですが、それでもここ数年で段々とpiRNAがどうやって標的遺伝子を抑制するのかが見えてきたように思えます。このような渦中にあっても塩見先生のグループは常にこの分野のリーダーとして鍵となる発見をされており、今後も確実な成果を期待できるものと思います。
(篠原隆司)
EMBO J. 2019 Sep 2;38(17):e102870.
Nuclear RNA Export Factor Variant Initiates piRNA-guided Co-Transcriptional Silencing.
Murano K, Iwasaki YW, Ishizu H, Mashiko A, Shibuya A, Kondo S, Adachi S, Suzuki S, Saito K, Natsume T, Siomi MC, Siomi H.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31368590/