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岡江班の論文がPNASに掲載されました

2019.12.04

本領域計画研究の岡江班が、ヒト全胞状奇胎に由来する胎盤幹細胞の樹立とその特性解析に成功し、その成果がPNASに発表されました。
 哺乳類のゲノム刷込みは、父方・母方ゲノムに機能的差異をもたらすメカニズムです。多くの方は、教科書に掲載されている雄性前核に由来するマウス胚の写真から、父方ゲノムのみを持つ胚では主に胎盤が発達することをご存じのことと思います。これはマウスで実験的に作出した胚ですが、ヒトでも同様の現象がまれに生じ、全胞状奇胎 (complete hydatidiform mole, CHM)という異常妊娠に至ります。さらにヒトCHMの10-15%は、絨毛がんなどの悪性腫瘍へ発達するため、臨床的に重要な課題です。しかし、これまでCHMの発達を体外で再現するモデルがなかったために、どのような遺伝子が原因となってCHMや絨毛がんが生じるか不明でした。すでに同グループは、2018年に栄養膜細胞由来のヒトtrophoblast stem cell(TS細胞)作出を報告しています(Okae et al. Cell Stem Cell 2018)。そこで彼らは、同様の方法でCHMから5つのTS細胞株の樹立に成功し、さらに多型解析から単精子受精由来が明らかになった3株を詳細な解析に用いました。
 RNA-seqおよびWGBS解析により、TSmole細胞(CHMより樹立したTS細胞)とTSbip細胞(正常胎盤より樹立したTS細胞)は、刷込み遺伝子の発現とメチル化に相違があることがわかりました。TSmole細胞では、当然のことながら母方発現遺伝子は低発現になっていますが、特にH19および P57kip2の発現の低下が顕著でした。CHMは過剰な細胞増殖を特徴としますが、通常の培養条件下では、TSmole細胞とTSbip細胞の細胞増殖速度は変わりません。しかしconfluentの条件下では、TSbip細胞がcontact inhibition により増殖が低下するのに対し、TSmole細胞は高い増殖能を維持しました。これがCHM内での栄養膜細胞層の肥厚の原因であることが推測されますが、では、なぜTSmole細胞はcontact inhibitionが生じないのでしょうか。そこで、彼らは上記の刷込み遺伝子に着目しました。P57kip2は、サイクリン依存性キナーゼを阻害し、細胞周期を止める遺伝子として知られています。P57kip2は、TSbip細胞では高密度培養で発現が高まりますが、TSmole細胞では極めて低い発現にとどまりました。さらにTet-onシステムを用いてTSmole細胞にP57kip2を発現誘導したところS期の細胞が著減し、逆にTSbip細胞でP57kip2をノックアウトすると、S期の細胞が増加しました。これらの結果から、P57kip2の低発現がTSmole細胞およびCHM細胞の過剰な増殖の原因であることが明確に示されました。
 本研究の成果は、長年のCHM発生の謎に光を当て、胎盤発生およびゲノム刷込み分野に大きなインパクトを与えました。それに加えて、初のヒトTS細胞発表の翌年にこのようなハイレベルの仕事を完成させる当研究グループのスピードも驚きです。さらに今後、この優れた細胞モデルを用いて胎盤の不思議に迫るブレークスルー研究が達成されることを期待しています。
(小倉淳郎)

PNAS 2019;116 (52) 26606-26613.
Loss of p57KIP2 expression confers resistance to contact inhibition in human androgenetic trophoblast stem cells
Takahashi S, Okae H, Kobayashi N, Kitamura A, Kumada K, Yaegashi N, and Arima T.

https://www.pnas.org/content/early/2019/11/27/1916019116
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