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伊川班の論文がPNASに掲載されました

2019.08.27

伊川さんのグループでは得意の遺伝子編集技術を活かして、これまで数多くの精子形成関連遺伝子のノックアウトマウスの作成を行って来ました。2015年には54個の遺伝子が精子形成に必要ないこと、2017年にはTCTE1が精子の運動と代謝に必要であることをいずれもPNASに報告されています。今回の研究で彼らは雄特異的に発現するCystatin (Cst)とProstate and testis expressed (Pate)の遺伝子ファミリー、およびlymphocyte antigen 6/Plaur domain containing 4 (Lypd4)遺伝子のノックアウトを行い、受精に必要な遺伝子を一挙に同定しました。
従来の遺伝子編集は個々の遺伝子を対象としています。しかし、その場合一つの遺伝子を破壊しても全く表現型が見られないことがよくあるのが問題でした。そこでCRISPR/Cas9により染色体でクラスターを形成する遺伝子ファミリーを全体で欠損することが今回の実験の成功の鍵となりました。興味深いことに、今回作製された遺伝子ノックアウトマウスは精子が子宮から卵管へ移行する段階でストップしてしまうことが原因となっています。これらの表現型はADAM3のノックアウトマウスとよく似ていました。ADAM3ノックアウトマウスは精子の卵管移行不全が不妊の原因だとされています。CstとPate遺伝子ファミリーのノックアウトではADAM3の発現が欠如していたのですが、Lypd4欠損マウスではADAM3が存在するにも関わらず同様の症状を示しました。Lypd4の表現型はLy6kやPgap1欠損マウスと同様だったので、子宮から卵管への精子の移動には多くの遺伝子が協調して働いていることが示唆されます。
精子形成・受精は複雑な過程なので、これらの現象に関わる遺伝子は山ほどありそうなのは想像に難くありません。ところが、このような形でどんどんと関与する遺伝子が同定されると、もう数年もすれば精子形成・受精に関わる遺伝子の全貌が明らかになってくるのは間違いないと思います。遺伝子が語る生命像というのはシャープなものだと感心しました。今回の実験のように、ノックアウトマウスの表現型解析から、どのステップが重要なのかも浮かび上がってくるのは必至です。ADAM3ノックアウトマウスのような表現型がどうして起こるのかが分かれば次の大きなブレークスルーになりそうです。こうした情報を蓄積して、他の動物種でも同様な機能を持つものなのか、どうやって機能レスキューをできるようになるのかに焦点がシフトしていくのでしょうか。彼らの今後の研究の発展に注目して行きたいと思います。(篠原隆司)

PNAS 2019 Sep 10;116(37):18498-18506.
Identification of multiple male reproductive tract-specific proteins that regulate sperm migration through the oviduct in mice.
Fujihara Y, Noda T, Kobayashi K, Oji A, Kobayashi S, Matsumura T, Larasati T, Oura S, Kojima-Kita K, Yu Z, Matzuk MM, Ikawa M.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31455729
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