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篠原班の論文がPNASに掲載されました

2019.07.29

記念すべき本領域最初の業績は、前領域「生殖細胞のエピゲノムダイナミクスとその制御」代表の篠原隆司先生(伊川班研究分担者)のPNAS論文です。
京大iPS研、九大、鳥取大、遺伝研、千葉大、東大医科研、東大定量研、神戸医療産業都市推進機構との共同研究です。 

 私たちの体の中ではさまざまな種類の幹細胞が存在し、自己増殖と分化を続けることによって身体や代謝などの生物活動を支えています。その中でも精原幹細胞(spermatogonial stem cells、SSC)は唯一の生殖系列の幹細胞であり、一生にわたり活発に増殖を続けることが知られています。SSCは、連続精細管内移植実験により数世代に相当する期間も分裂能を維持することが証明されています。このSSCの分化能の維持には、新たなin vivoの環境による若返りが関連していると考えられますが、SSC本来の長期的な幹細胞性の維持やその老化のメカニズムは不明でした。そこで篠原先生らは、数年にわたり in vitro で維持されたgermline stem cell(GS細胞)をモデルに用いて、SSCの老化に関わる内在性のメカニズムを明らかにしました。 

 60ヶ月間培養したGS細胞(60M-GS)は、5ヶ月培養GS細胞(5M-GS)よりも増殖速度が速い一方で、精細管移植後に精子に発生しないという特徴を持つことがわかりました。また、染色体構造と雄性ゲノム刷込みは保たれていたものの、テロメアは短縮(Tert と Tercも低下)していました。この細胞増殖亢進のメカニズムを探るために、さまざまな signaling pathwayや細胞周期関連タンパク質のWestern blot、そして阻害剤実験を行ない、60M-GSにおけるJNK(c-jun N-terminal kinase)経路の亢進を同定しました。篠原先生は、さらにその上流の現象を追い求めてChIP-seq と遺伝子発現解析を進め、60M-GSにおいてWnt7bの発現上昇とそのプロモーター部位のH3K27me3低下を突きとめました。実際に5M-GSでWnt7bを過剰発現させるとJNKリン酸化と細胞増加が誘導され、逆に60M-GSでWnt7bをノックダウンするとJNKリン酸化の低下と細胞減少が認められました。H3K27me3を制御するPRC2(特にPhf1)の低下も確認しています。篠原先生は、次にこのJNK経路の下流を明らかにします。通常、老化細胞にはROSが蓄積しますが、意外なことに、60M-GSではROSが低下しており、ROSを産生するミトコンドリアも減少していました。このため、補償的に解糖系が亢進していました。遺伝子スクリーニングと発現制御実験によって、このミトコンドリア減少は、JNK亢進によるミトコンドリア生成関連遺伝子Ppargc1aの低下によることがわかりました。以上により、Wnt7b上昇→JNK系亢進(細胞増殖)→Ppargc1a低下→ミトコンドリア減少→解糖系亢進という一連のSSCの老化現象が明らかになりました。 

 さらに篠原先生は、Klotho KOマウスおよび老化Brown Norway (BN)ラットのモデルを使って、解糖系の亢進、PHF1の低下とWNT7Bの上昇(BNラット)、SSC増殖能の上昇などの現象を確認しています。 

 篠原先生らしい、この紙面には書ききれないほどの何重にも証拠固めをした、非常に密度の高い、説得力のある論文です。体内の各種の幹細胞における老化の分子メカニズムの解明は、基礎から応用までの老化生物学に大きなインパクトを与えます。本論文はその歴史に残る論文であると言えます。

(理化学研究所・小倉淳郎) 

 

Proc Natl Acad Sci U S A. 2019 Aug 13;116(33):16404-16409. doi: 10.1073/pnas.1904980116.  
Aging of spermatogonial stem cells by Jnk-mediated glycolysis activation. 
Kanatsu-Shinohara M, Yamamoto T, Toh H, Kazuki Y, Kazuki K, Imoto J, Ikeo K, Oshima M, Shirahige K, Iwama A, Nabeshima Y, Sasaki H, Shinohara T. 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31358627