小倉班の論文がPNASに掲載されました

小倉班の論文がPNASに掲載されました

2020.01.22

本領域の代表である小倉淳郎先生のグループの論文がPNAS誌に掲載されました。本領域のアドバイザーである柳町隆造先生や、筑波大学の馬場忠先生、東海大学の大塚正人先生らとの共同研究です。 

哺乳類の卵子は透明帯に包まれているため、受精の際には、精子が透明帯を通過する必要があります。このステップには、精子の運動による機械的な力に加え、精子先体に含まれる消化酵素による透明帯の溶解が重要ではないかと考えられてきました。実際に、主要な先体酵素であるアクロシンの作用を抗体や阻害剤などを用いてブロックすると、体外受精の効率が著しく低下することが報告されています。しかし、アクロシンをノックアウト(KO)したマウスやラットからも正常な産仔が得られることから、先体酵素が受精に必須かどうかについては結論が出ていませんでした。本論文では、アクロシンをKOしたゴールデンハムスターが完全雄性不妊となること突き止め、先体酵素が受精に必須であることを実証しました。 

ハムスターは、妊娠期間が16日と短く多産であること、一定の発情周期を持つこと、過排卵処理が容易であることなどから、生殖発生研究の発展に寄与してきました。特に、1960~1970年代にかけて柳町先生のグループが体外受精や顕微授精の技術を確立されましたが、その際にもハムスターが利用されました。しかし、ハムスターの初期胚は、温度や二酸化炭素濃度の変化、可視光などに対して非常に敏感であるため、遺伝子改変を行うことが困難でした。本論文では、大塚先生らが開発されたin vivoゲノム編集技術i‐GONADを用いることで、生殖細胞や胚の体外培養を行うことなく、アクロシンKOハムスターを作製することに成功しました。アクロシンはセリンプロテアーゼの一つであり、ホモKO精子ではセリンプロテアーゼ活性がほぼ消失していました。また、ホモKOの雄と野生型の雌を掛け合わせても妊娠しないことから、ホモKOの雄は不妊であることが明らかとなりました。ホモKO精子の詳細な解析を行ったところ、運動性に異常は見られず、野生型の精子と同様に先体反応を起こすことも分かりました。最後に、体外受精を用いてホモKO精子の受精能を解析しました。透明帯を除去していない卵子を用いた場合、ホモKO精子は透明帯に結合するものの、通過することはできず、受精には至りませんでした。一方、透明帯を除去した卵子とは受精可能であることから、アクロシンは透明帯の通過に必須であり、卵子との融合には必要ないことが確かめられました。 

紆余曲折を経て、ついにアクロシンが少なくとも一部の哺乳類で受精に必須であることが明らかとなりました。本論文は、マウスでは必要ないとされた遺伝子の機能に光を当てる画期的な成果です。今後、遺伝子ごとに最適なモデル生物を選択することがますます重要になると考えられます。 
(岡江 寛明)

 

Proc Natl Acad Sci USA. 2020;117 (5) 2513-2518.
Acrosin is essential for sperm penetration through the zona pellucida in hamsters.
Hirose M, Honda A, Fulka H, Tamura-Nakano M, Matoba S, Tomishima T, Mochida K, Hasegawa A, Nagashima K, Inoue K, Ohtsuka M, Baba T, Yanagimachi R, Ogura A.
https://www.pnas.org/content/pnas/early/2020/01/17/1917595117.full.pdf